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2026年(立教189年)3月月次祭神殿講話 ~感謝の言葉を口に出そう~

 ただいま 3月の月次祭、少ないながらも賑やかにおつとめいただきました。しばらく神殿講話にお付き合いいただきたいと思います。

1.陽気ぐらしは人間の義務
 天理教教典の第3章、元の理に、「この世の元初りはどろ海であった。月日親神は、この混沌たる様を味気なく思召し、人間を作り、その陽気ぐらしをするのを見て、ともに楽しもうと思いつかれた。」という最初の出だしがあるんです。
 この世の中は泥海であったけれども、その月日親神様はこれでは味気ないということで、人間を作って陽気ぐらしをして共に楽しみたいという思いで、それからは東西南北から色々道具を集めて人間を造ってくださったという始まりなんですが、結局一番のその始まり、人間を作った目的は、陽気ぐらし、つまり人間を作って陽気ぐらしをして共に楽しみたいと思し召されたということから、人間は陽気ぐらしをするために作られたということなんです。つまり、陽気ぐらしをすることができるのではなくて、人間の目的は陽気ぐらしをするために作られたのだから、人間は陽気ぐらしをしなければいけない。
 私は法律家でもありますから、あえて言うと陽気ぐらしをするのは人間の義務だということになります。陽気ぐらしを神様の目的として、人間と一緒に陽気ぐらしをしようということです。

2.陽気ぐらしと極楽
 本部の月次祭の後に本部員の先生方とか天理教の教学に詳しい大学の先生方を含めて毎月勉強会をしているんですが、そこで「陽気ぐらし」っていうのはどこにあるのかということを、実は皆分かってるようで分かってないんじゃないかという話になったんです。
 我々は一所懸命にひのきしんをし、おたすけをして、神様の心に沿った使い方をしていくと、陽気ぐらしの世界がこの世の中にできあがるのだ、そうするとそれがあの世ではなくてこの世に陽気ぐらしができるんだということは、普通の人はおっしゃるんです。
 けれども、今はこの世界中どこを見ても戦争ばっかりしてます。ああいうのを見て、陽気ぐらしって果たしてできるんだろうかと。世界中が陽気ぐらしになるのはできるんだろうかとふと思ってしまうことがあるんですが、それはちょっと違うんではないかという話になったんです。
 それは、例えば仏様を信じている人は極楽に行きます。キリスト教やイスラム教を信じている人は死んだら天国に行きます。そこが一番幸せなところ。この世は苦の娑婆である、苦しい世界だということですから。ところが天理教は、「ここはこの世の極楽や」という言葉にあるように、この世が極楽なんです。
 じゃあ陽気ぐらしというのはどういう風になるのかということで、色々考えてみました。今お話しした極楽の世の中と陽気ぐらしの世の中というのはどう違うんだという話になったんです。
 極楽というのは、何の苦しみもない悩みもない幸せな世界ですから、極楽の世界になってしまうと人間は助け合うことを必要としなくなる。つまり困っていないんだから、誰もが。
 ところが陽気ぐらしというのはどういうことかというと、陽気ぐらしというのは、これは助け合った中で、互いが助け合っていく中で陽気な世界ができるというのが、この陽気ぐらしの世界。そうなると極楽では助け合いということはないから、極楽は陽気暮らしの世の中じゃないねということになったんです。
 そうすると、この世の中で苦しんでいる人が極楽に行っても極楽は苦も何にもないから、苦しむも何にもないから、お互いが助け合いなんかしないということになってしまう。これは、教祖がおっしゃられている互い助け合いで人間が立て合いながら助け合いながら、幸せの世界を作ってくれという言葉とはちょっと違うことになってしまう。だとすると、やはり天理教は極楽を目指しているのではなくて、陽気暮らしの世の中を目指す。

3.小さな陽気ぐらしの世界
 そうであれば、陽気ぐらしというのは彼方にあるんではなくて、今、身の回りの人たちとお互いが助け合っていったならば、ここは小さな陽気ぐらしの世界になるんじゃないのということです。そうすると、毎日毎日陽気ぐらしをしながら、そして人類が全部それができるようになった時には、本当の世界中の陽気ぐらしができる。互いに助け合う世界ができる。
 では、今は陽気ぐらしができないのかというとそうではなくて、今日、今からでも近くにいる人たちが互いに助け合って陽気ぐらしをして助け合っていく世界、これは陽気ぐらし。そう考えると、小さな陽気ぐらしの世界というのがもうそこではできてるんじゃなかろうかということを言われて、私もなるほどなと思ったんです。
 陽気ぐらしというのは私の頭の中では人類がみんな人助けをして、戦争をやるような人もいなくなって、人を攻撃する人もいなくなって、貧しい人もいなくなって、全部が幸せになるのが陽気ぐらしと思っていました。そうやって考えるとなかなか陽気ぐらしの世界というのは遠いなと思ってたんです。
 ところが今のように、それは人類の最後の目的がそこの陽気ぐらしの世界だけれども、そこへ行くためにみんなが小さな陽気ぐらしの世界を作っていくことが大事なんじゃなかろうかということを聞いて、これなるほどなと思いました。
 例えば私たちは、人様がちょっと辛いことがあった時にお助けをする手助けをする。そうするとすごい喜んでくれる。それだけで気持ちが良くなります。エレベーターで最後に出てボタンを押して皆さん出るまでどうぞっていうだけでも、ありがとうって言われて気分が良くなる。
 つまり、それをみんながやった時に、それは小さな陽気ぐらしの世界。それだったら家庭でもできる。職場でもできる。町内会でもできるはず。そういうことの小さな陽気ぐらしをみんながやっていくと、いずれ本当の、真の陽気ぐらしが世界中はできるのかなという風に思うわけです。

4.感謝の手紙
 そんなことを考えてお話をしてなるほどなと思っていたら、先日私が入院していた聖路加病院から手紙が来ました。治療費の未払いの請求書かなと一瞬思ったんですけれども、開けてみたら看護部長さんからの手紙でした。
 実は私は脊柱管狭窄症の手術で脊椎を削ったものですから、手術後はその脊椎に重力をかけちゃいけないというので、立っていてもいけない、座っていてもいけない、横になってなきゃいけないというのを20日間やりました。
 しかしトイレには行かなきゃならないですから、その部屋にトイレあるんですけどベッドから降りて2、3歩歩いてトイレの支柱に掴まってやっとこさっとこトイレに入るのが大変でした。それを看護師さんにお話したんです。そうしたらああそうですかって言って看護師さんがなんとベッドをトイレの前にズッと持って行ってくれたんです。あ、ベッド動かしていいんだと思って。そうしたら起きたらすぐトイレになったわけです。
 それが嬉しくて退院の時、病院への手紙に、実はこういうことやってくださったので本当にありがたくて嬉しかった、患者の気持ちになってくれて本当に嬉しかったということを手紙に書いて送ったんです。それの看護部長さんからのお礼の手紙で、「あの手紙で本当にその看護師が喜びました、そして他の看護師の励みになりました。病院のお客さんの患者さんが通るところに手紙を掲示してよろしいでしょうか」ということでして、もちろん結構ですと返事をしました。
 あと一つ同じような話で、自転車の空気入れの小さなバルブが古くなったもんですから、スーパーの中の自転車屋さんへ行ってそれをくださいと言ったら「1本ですか?」と聞かれ、1本ですと言ったらそれを無料でくれたんです。
 それが本当に嬉しくて、ハガキでありがとうございましたって手紙を出した。そうしたらその自転車屋さんからまた連絡があって、その数日後にスーパーの全職員の朝礼があるんだそうです。その朝礼の時に自転車屋さんがお客さんから感謝の手紙をもらったということで、みんなの前で褒められて表彰されたんですって。
 私はハガキ1枚書いただけで。その時に、そのスーパーに聞いたんです。たったこれぐらいでなんで?と。するとスーパーの担当者が「実は来る手紙やご意見箱といのは全部苦情です。苦情とクレームです。あいつはこういうことやってた、あの店員はこうだった、けしからんということばっかり。その中に1枚お客さんが嬉しかったと書いてくれたので、本当にほっとした。」と言うんです。
 おそらく先ほど申しあげた病院のあの看護師さんに対しても、看護師さんはみんな親切だからそうでもないのかもしれないけれど、ともかくたったそれだけのことで患者から感謝の手紙をもらった。

4.感謝を口に出す
 これよく考えてみますと、この世の中はしてもらうこと、親切にしてもらうこと、ましてやお店で金を払ってんだから店員が私に親切に丁寧にやることは当たり前なんだと思ってる人が多いんじゃないでしょうか。ですからちょっと気に食わないことがあると、態度が悪いとすぐ苦情箱に書く。お店の側はそればっかりだから、たまにありがたいなんて書いてある手紙が来ると本当に信じられないときっと思ったんでしょう。これは悲しいことです。
 例えば家の中でも、子どもがお母さんのことを手伝ってくれたら、お父さんのことを手伝ってくれたら、それに親がありがとうと言うのは当たり前だと思うんですが、子どもがやるのは当たり前で、悪いことしたら親が叱るというこういう家庭もあるわけです。そうすると家の中では常に叱る言葉ばかりが蔓延するわけです。何々ちゃんありがとう、嬉しかったという言葉がすべて消えちゃう。そんな家庭にまともな人間関係が育つと私は思わないんです。
たまたま私が2つの手紙を出したことに対してそれほどの、わざわざ感謝をされるようなことがおこる。私が感謝していることに。それを見てもこの世の中がいかに今感謝の言葉が足りないかということなんです。
 そうすると、私たちは神様からのことを考えると、この健康な身体を貸していただいている。そして朝昼晩食事が美味しくいただける。そしてお友達とも仲良く話ができる。美味しいものもお菓子も食べられる。その身体を借りているのは神様からですから、そうしたら神様ありがとうございましたと朝晩言うのは実は当たり前のことですよね、感謝することで。
 それと同じで私共は朝晩、教会は朝晩のおつとめでちゃんと感謝を申し上げています。ですから人に対する感謝をするというのは割と自然に口に出るようにはなっています。これはまさに教会のおかげだと思います。
 そうするとお店にしても社会にしても、そういうやってもらったことを当たり前に思っていて感謝しないで、それ以外のことで不満のことばっかり不足ばっかり探して目についたことを指摘する。これではやっぱり世の中は暗くなって、これは陽気ぐらしじゃない。
 不足が湧いたらば、その人ができないのなら、こっちがやってあげればいいだけの話。そして向こうに感謝されたら、それが陽気ぐらしになるじゃないですか。ということを考えると、私の自分の体験で、たったわずかの礼状でもこんなに向こうが喜んでくれるんだというように思ったら嬉しくなりました。
 それを考えてみると、やはり皆さんお店に行ってもお金を払ってるんだから品をもらうのは当たり前だけども、もらう時にありがとうの一言をもし言ったら、向こうの店員さんもきっと気持ちが良くなるはずです。お金を払ってるんだから、お前が俺に対してちゃんときちんと丁寧にするのは当たり前だろう、これは実は間違い。
 昔、三波春夫さんという歌手が、「お客様は神様です」と言った。それをどういうわけか皆が間違えて客は偉いんだと思った。三波春夫さんが言ったのは、私が歌が上手いか私の歌を喜んでくれる人が来るか来ないかを考えると、これはみんな神様のように思いますと。あの方たちが私の歌を評価してくれるんです、とこういう意味で神様と言ったんで、私より偉いなんてことは言っていない。いつの間にか言葉を間違えて、お客様は神様だからお前より偉いんだということで色々なところでもうクレームばかりつけてますね。
 あれをもしもありがとうと、同じお金を100円出して100円の物をもらった時でもありがとう。あとレストランに行ってお金を出して払って食べるんだけどボーイさんが持ってきてくれたらありがとう。ウェイトレスさんが持ってきてくれたらありがとうと。たったこれだけを言うだけで世界が変わるんだなということを、私はその2つの手紙から実感しました。
 そんなことで、私たちはなによりもまず神様にありがとうと申しあげるけれども、これを人間にもありがとうということを言うような生活にしましょう。そうすると自分の身の回りが小さな陽気ぐらしの世界ができあがる。この世界をみんなが作れば、本当の陽気ぐらしになる。その小さなところすら陽気ぐらしができなかったら、やはり大きな陽気ぐらしは来ないと思うんです。
 そんなことを考えてみんな一人一人がぜひ陽気暮らしをするためにせめて感謝の言葉だけは素直に出す。そして神様には常に朝晩感謝を申しあげる。こういうことでこの1ヶ月間生活をしていただきたいと思います。
 来月4月12日は教祖の誕生祭をやらせていただきますが、ちょうど日曜日ですので、皆さんお揃いでぜひおいでいただきたいと思います。バースデーケーキもお供えしますのでお下がりがいただけます。ぜひお待ちしております。

 今月はどうもありがとうございました。

2026年03月28日

2026年(立教189年)2月月次祭神殿講話 ~神様とお話しする~

 ただいまは2月の月次祭を無事に陽気におつとめいただきました。一言お話をさせていただきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします

1.教祖140年祭
 先月1月26日、教祖が身を隠されてから140年目ということで、140年祭がつとめられました。2~3日前から日本中でものすごい雪で、来られない人も多いんじゃないかなと心配をしておりました。案の定、中根大教会でも福島の教会の方が間に合わなくて、前日にお着きになれなかった。
 そして当日、神殿へ行きました。そうしたら周りは確かに人がすごいんですけれど、神殿の方にはあまり人が見えない。開催は11時からでしたので、少し早めに、ということで10時半に行って礼拝場に入ろうとしました。そしたら係の人が、礼拝場に入るところの障子を全部閉めて「もう中には入れません」と言うんです。
 そんなばかな、と開けてみたら本当にぎりぎりまで人が礼拝場にいっぱいでまったく入れない。しかしせっかく年祭に参拝して、礼拝場に入れないのではしょうがないということで、障碍者の席があるんですが、その障碍者の席の脇に歩く方々のための通路がある。その通路から行ってすたすた歩いていって、なんとか座れる隙間がないか、隙間がないかと見たんですけれど、まったく隙間がない。しかしあきらめずに最前列まで行ったところで、そこにちょっと隙間があったので思い切って入りました。
 なんとか座り込んで、結果的に神殿に一番近い所に入れたんですけれど、のちに天理時報などを見ましたら南礼拝場や中庭に人がわんさか。せっかくの140年祭だから教祖のいらっしゃる教祖殿に少しでも近く、というみなさんの思いもあったんでしょうけれど、中庭も人でほぼいっぱい。本当にすごい数の人たちでした。
 それで厳かにおつとめがつとめられまして、おつとめ後に真柱様の神殿講話がありました。非常に力強く熱心に長くお話をいただきました。これは天理時報にも出ていますし、また来月に出てくるみちのともにも詳しく載ると思うんですが、教祖が身を隠された時の大変なご苦労のことをお話しいただきました。そしてその後、祭典終了後に全員、真柱様や大亮様はじめ、本部員さんが教祖殿に参られまして、教祖殿で改めて教祖にご挨拶を申しあげる祭文を読んで、140年祭が無事勤められました。
 そして帰ろうと本通りに入ったんですが、まったく歩けないくらいの大変な雑踏で、普段なら人があまり入っていないようなお店にまでわんさか人が入っていて、本当ににぎやかでした。あれが10年にいっぺんではなくて、あるいは大祭だけではなくて、毎月ああいうにぎやかなお祭りになったら良いなあと思った次第です。
 そんなわけで日帝分教会の代表として神様にご挨拶をし、教会の皆さんのことをお願いをしてまいりました。本当にその日は寒い日だったのですが、礼拝場の中は人が多くて障子を閉めてますから寒さは感じず、ありがたい140年祭でありました。
 その中で真柱様は、140年祭というのは、決してこれで終わりではなくて、一つの新しい塚、140年目の塚であって、またその先の一里を10年間で歩いて、皆で御守護いただこう、というお話をされました。
 この年祭までの10年の間に皆さんいろいろな出来事がありましたでしょうけれど、これからまた10年経った時に、ああ10年前はこうだったなあということが喜んで通れるような、今の苦労が先の楽しみとも言いますから、そういう今の苦労はしっかりと苦労させていただいて、10年経ったところでまた御守護をいただけるような、懐かしく思い出せるようなことにしたいと思います。
 「話の種になるほどに」というみかぐらうたにもありましたけれど、どんなことでも一つ一つ、あの時ああいうことがあったなあという話の種になってくるんだ、ということでしっかりと苦労は苦労として受け止めてやらせていただく。
 そしてその後、本部員の飯降政彦先生からお手紙をいただきました。今年は年祭として何か本部から具体的な何をしよう、という打ち出しがなかったので、各支部ごとに行事をしました。今後の年祭もこういう形になるのではないか、と飯降先生はおっしゃっています。
 葛飾支部では「天理教とは」というところから始まって、私が3回講師をやらせていただきまして、その後、それをもとにしたみんなでのねりあいというのをやって、非常に充実して楽しかったという声も聞いております。そんな中で私は武蔵野支部にも講演に行きまして、喜ばれ、少しは年祭の行事のお役に立ったかな、と思っております。
 自分のことで申しあげますと、私が初めておぢばがえりをしたのが80年祭の年でした。大学に入った年です。そこから90年祭になって、弁護士になって、100年祭になってこの教会の付属屋を建てて、110年祭ちょっと前に教会長にならせていただいた。という感じで、年祭ごとにそれぞれの節目が自分にとってみるとあります。皆さんもこの年祭ごとの節目を一つ一つ自覚をして、それが後になってみてあれは全部神様の御守護だったんだなあと思っていただけるような、しっかりとおつとめをしていただきたいと思います。

2.自分は正しいか
 今日は、神様が働いてくださるというのはどういうことか、どんな時に働いてくださるのかということについてお話をしたいと思います。
 実は私、昨日眼科を退院してきました。白内障の手術をし終わったところです。前回右目の白内障手術をやって気づいたのですが、右目で見た景色の色が全然違う。本当にきれいに白いものは白く見えるんですけれど、手術していない左目で見ると、白いものでも夕方のように黄色く見えるんです。これはだめだと思って、それで左目も治していただいたんですけれど、本当にきれいに見えるんです。
 去年の暮れに車を替えたんですが、前の車も新しい車も白。でも、手術前の私の目で見た車の色は、ずいぶんと落ち着いた白だなぁと思っていたんです。ところが、手術をした両目で見たらなんとあざやかな真っ白ではないですか。手術前、私にはちょっと薄いもやがかかったような落ち着いた白に見えた。ところが今見たらあざやかな真っ白で全然違う。
 その時にふと思ったんです。私が見ていることは、全部私が見ているんだから私の見え方が正しい。私はちゃんと見てきたんだから正しい。自分が考えたんだから自分が正しいんだ、ということを私なんかは特に強く思う方ですから、そう思い込んでいました。
 ところが、この目というものを通して神様が「お前が見ているものは違うぞ」と教えてくれた。私は私の目で、自分の目で見ているんだから、これが真実だろうと思い込んでいたら、実は真実ではないもの、かすみがかかったものを見ていたということに初めて気がついた。
 人間というのは、自分の目ですら、自分が見たものが正しいと思っているけれど、実はそれは正しくないかもしれない。ということで思い出すのは、前会長が網膜剝離の手術をして白内障の手術もして、病院から帰ってきました。ちょうど5月でした。そうしたら帰ってくる車の中で最初に言ったのがこういう言葉なんです。「へえ、つつじってこんなにきれいだったんだね」と。
 目が悪い時はつつじは、おそらくくすんだ紫色に見えたんでしょう。それがそのくすみが取れてしまったら、ものすごいきれいな紫に見えた。ということは、どんな人間も自分が見ているものが真実だ、正しいと思う。あるいは自分が考えたことは、自分が考えたんだから自分が正しいと思う。しかし、実は自分のことは信用できないんです。
 「これ真っ白じゃないよね」と人に聞いて「いや真っ白だよ」と言われたら、「そんなことないよ、あなた目がおかしいんじゃないの」と、目の悪い方が目の良い人に対して目がおかしいんじゃないのと言うくらい、自分の方が正しいと思う。同じように、物事だとか色々な考え方だとか迷った時に、自分はこのようにして行こうという時に、少し立ち止まってどなたか他の人の意見を聞くことができれば、自分の考えがもしかしたら間違っているのかもしれない、ということが分かる。
 そこでさらに考えてみれば、人間同士でやっていると、その人も間違っているかもしれないわけです。そんな時に目標(めどう)というか中心になるものは、やはり神様なんです。神様を中心に置けば、神様の言っていることに対して自分が正しいかどうか分かる。
 そういう風に、この歳になりまして、自分は自分が見たものが正しいと思っていたけれど実は正しくなかった。そして他の人が白いと言ったのに私は白いと思っていなかった。そうするとやはり人の言うことも聞かなければいけない。そして何よりもその人も間違っているかもしれないから、考え方については神様の考え方を中心にして考えなければならない。という神様を中心とした考え方をしている時に、初めて「神が働く」ということになるんですね。

3.神が働く
 こういうおさしづがあります。

「この道は俺が/\と言うたて皆んな神の道、神が働けばこそ日々の道である。」(明治28年10月7日)

 この道は俺が通ってきたんだ、俺が通ってきたんだから間違いはない、と言っても全部これは神の道であって、神が働けばこそ日々お前たちは無事に通ってきたんだぞ、というお話なんです。では、神様はどうやって働いてくれるかというと、

「心さえしっかりすれば、神が自由自在に心に乗りて働く程に。」(明治31年10月2日)

 神一条、神様のことならなんでも言うことを聞きます、という心さえしっかり持てば、神が自由自在にその心に乗りて働く程に、とおっしゃってくださっている。だとしたら神様に働いてもらうには、やはり神様の心にならなければいけない。神様の心になれば、もう自由自在に働いていただける。
 例えば私の目の手術。左目の手術はベテランの先生がやってくれた。だから本当に痛くも痒くもなくてすんなりとできた。そうしたらその先生が病院を辞めるというので、先生、誰かいい人を紹介してくださいと言ったら、後輩を紹介してくれた。
 これはどうも新米だったらしい。話を聞いてもその後に、もう一人のベテランの先生に話を聞いてもらいます、と必ず二人の先生が来る。手術も二人でやりますから心配いりませんと言う。こっちは二人の方がよっぽど心配なんだけれど(笑)、二人でやるから心配ありませんとおっしゃる。それで手術をされました。そうしたらやはり前の先生よりもなんとなくごりごりするし痛いし、時間がかかる。早くうまくすんなりやってくれないといやだなと思っていました。そして手術は無事に終わりました。
 後日別の先生も検査した結果、非常にうまくレンズも入っていますし、ちゃんときっちり縫ってあるから大丈夫ですよ、成功ですよと言われた。そうですか、と。つまり、やってくれた先生よりも、他の先生が大丈夫ですよと言ってくれて初めてほっとするくらいでした。
 そういう風に、人間というのは疑いの心が出てしまったらその人のことを信じられなくなるんです。そうすると神様の働きに対しても疑いが出てくる。
 この目というのは「くにとこたちのみこと」様の御守護の理なんです。「くにとこたちのみこと」様の御守護の理というのは水の心で、つまりどんな人にも合わせる。あと水は高きから低きへ流れる。絶対に偉ぶらない。
 そうすると私は手術をしてもらっている最中に大丈夫かなと思った時に、こちらは「高い」心ですね、この人は危ないんじゃないかと思うだけでこちらが高い。そして水の心、自然にまかせて成ってくる理を喜ぶという、その理を喜べばいいのだという、ああそうだと思って思い直したんですけれど、その時にありがたかったのは、神様の話を聞いていたということ。
 だからそういう大きな手術の中でも、不安や心配や怒ることがなくなってくる。成ってくる理を喜ぶ。そして水は低きに流れるからすべての人の心に合わせる。そして神様にもたれる。
 特に「くにとこたちのみこと」様というのは順番でいうと十柱の神様の中で一番目に出てくる神様。一番の神様の働きに対していただいた「身上」(天理教では病気を指し、神様からのメッセージと受け取る)を手術いただくというとても大事なことをやってくださる時に不足(不満)なんて申しあげたら、これは御守護をいただけないな、と思い直して喜ぶことにしました。手術の時間はほんの20~30分でしたけれど、そんなわずかな時間でも色々な心を思い返すことができました。
 私は、天理教の教会長という立場をお預かりしまして、教理もしっかり学んでいます。そしておてふりなんかも全部覚えてやる。しかしそれが形ばかりになっているのではないか。いざ自分が目の手術になって心配な時になってこの医者大丈夫か、なんて思ったら、これはもう神様の話からはずれています。
 神様がそういう人を私に授けてくださった。その人が私の目を手術することによって腕が上がって、また他の患者さんが助かることになる。そういう風に考えたらば喜ぶことばかりなんです。けれど、ついつい自分のことだとこれ大丈夫なのか?と思ってしまう。そういうところで常に神様から教えていただくことばかりです。
 ここで反省を込めて皆さんに申しあげたいのは、私は色々な教えは頭の中に入っている。けれど、心にまでは入り込んでいないのかもしれない。でも、少なくとも頭の中には神様のことが入っているから、いざというとき、とりあえず不満は出てしまうけれども、すぐに「そうだ、教えだったらどうだろうか、神様だったらどうだろうか」と考えることができる。それによって結果的に自分が落ち着くんです。

4.信仰して分かった
 このお道を知っていて、このお道を信仰していて良かったなあというのがあります。皆さんもせっかく教会につながっている、教会のおつとめもわざわざ仕事をお休みになっておいでになる。そこまでおやりになっているならばなにか一つ、神様のお話を一つでも修めていく。そうするといざという時に修めたものがぱっと出てくるんです。そうなればつらい、困ったことでも「ありがたい」と思えるようになる。これが信仰をしている一つの意味だろうと思います。
 私のような教会を預かっている者でもついつい不足が出てくる。不足が出るのは私が未熟なんですけれど、教会長をやっていながらでもそんなことが出てくる。勉強していながらでも出てくる。でもそれを神様はしっかりと教えてくださる。そういうことで一つ一つ、人間が成人していくんです。
 ですから皆さん、どんなに身体が歳を取ったって、心の成人はいつでも誰でもできます。歳を取ったから私は偉い、なんでも知っているなんて思わない。歳を取れば取るほど、「自分は分からない」ということが分かってくる。
 今、NHKで面白い番組をやっています。「テミスの不確かな法廷」というんですが、発達障害の方が裁判官になって裁判をするんです。彼は常に「分からないことを分かっていないと、分からないことが分かりません」と言うんです。
 これはテレビでも流行っていますけれど、何が分からないかということを分からないと、本当に分からないことが分からなくなってしまいますよ、と。皆ごまかして通っている、分からないことをまあいいいやとごまかして通っていると、本当のことが分からなくなってしまいますよ、という意味なんです。だから、自分は何が分からないのか、ということをしっかりと分かれば、必ず分るようになります。これは勉強でもそうです。勉強のできない人というのは、分からないことが分からない。勉強のできる人というのは、分からないことが、ここが分からないんだということが分かる。だからそこだけ直せば覚える。
 神様はこうおっしゃるけど、何を言ってるんだかよく分からないな、といって流してしまわないこと。そういうときは必ず、私でも他のどなたでもいいから、こういう神様のおっしゃることなんだけど、これどうやって考えたらいいんでしょうかと相談する。このような行動を取るだけでも、心は助かっていきます。
 どうかこのひと月、そういう思いでどんなことが起きたとしても、神様だったらどうおっしゃるだろうか、という思いでしっかり考えていただきたい。神様としっかりお話していただきたい。
 そうすると神様が「心さえしっかりすれば、神が自由自在に心に乗りて働く程に。」と。心さえ、神様助けてください、これは何でしょうかと神様にすがること。神様とお話をすること。これが心をしっかりするということです。心をしっかりすれば、神様は働いてくださる、ということですので、今月は何が起きても常に神様に「どういうことなんでしょうか」と神様とお話しすることに努めていただきたいと思います。

 まだまだ寒い日が続きますが、どうか体調に気を付けて。
 昔前会長に言われました、風邪を引くというのは心にすきま風が通っているからだと。風邪を引くのは不足があったり不満があったり冷たい心を使うと風邪を引きます。風邪を引いたら、そうだ私は心が冷たいんだ、と思い、一人でも多くの周りの人に温かい、明るい心を持って接していただけるようにどうかよろしくお願いします。

 今月はどうもありがとうございました。

2026年03月26日

2026年(立教189年)1月春季大祭神殿講話 ~親神様、先祖のおかげ~

1.明治20年1月のこと
 改めて皆さん、明けましておめでとうございます。旧年中は日帝分教会の上にそれぞれのお立場でお尽くしをいただきまして厚く御礼申しあげます。
 今日は1月の春季大祭。10月の秋季大祭との二つが大きなお祭りなんですが、春季大祭というのは教祖が明治20年、陰暦正月26日に身を隠された日。教祖は御存命で生きてらっしゃるから、私たちはいつでもお会いできますけれど、人間としての姿をお隠しになられた日。それがちょうど140年前の今月の26日にあたります。そういうことで大祭の後に祭文を読ませていただきました。
 皆さんもご承知かと思いますが、明治20年陰暦正月26日のことをお話させていただきます。正月に教祖は歩いて少しよろめかれた。それで皆さんがびっくりしてお聞きしたら、「これは、世界の動くしるしや。」ということをおっしゃってくださった。皆さんまだ深い意味が分かりませんから、「世界の動くしるしや。」ということでお話を聞いておりましたら、1月26日に向けてどんどん教祖の身上、身体が弱ってくる。そしてその時に教祖にうかがうと、つとめをしろ、つとめをしろ、という風におっしゃられる。おつとめをしろと。
 皆さん聞いたこともあると思いますけれど、天理教が立教してから、特に明治政府になってからの弾圧はすごいものでございました。教祖は寛永10年という時に生まれたので、その当時は世の中に幕府とか政府とかということで、将軍や天皇といった非常に強い権力者がいたわけですけれど、その人たちに対して、すべて平等である、そして自分の所に来れば必ず助かる、ということをおっしゃった。それは権力者からみると非常に具合が悪いということで、教祖は立教された天保9年、つまり1838年から50年後に身を隠されるまでに18回も監獄にご苦労をいただきました。
 何か犯罪をやったわけではない。人を助けたい、あるいは皆平等なのだ、一列兄弟なのだととなえたことで、18回も監獄へ行かれました。そしてその18回に行ったすべての理由が、このおつとめをしたことです。おつとめをしたことによって捕まってしまう。
 そんなことから明治20年1月20日過ぎ、教祖の身上がすぐれないことから、皆さんが教祖に聞くと、つとめをせよ、つとめをせよ。教祖、法律が世の中にあります、法律で天理教はおつとめをしてはいけないんです、と言うと、

「律が怖わいか、神が怖わいか、」

という話で、教祖は一歩も譲らない。そしてその時に教祖がおっしゃったのが、

「さあ/\月日がありてこの世界あり、世界ありてそれ/\あり、それ/\ありて身の内あり、身の内ありて律あり、律ありても心定めが第一やで。」

という有名なおさしづを言われました。
 どういうことかというと、月日、神様があって宇宙、世界がある。その世界の中でそれぞれの人間の魂がある。そしてそれぞれの魂に身体を貸してくれている。そして身体を借りた人間がいるからそこに法律ができる。しかし法律ができても大事なのは心定め、神様への神一条の心。法律の言うことを聞くなということではありません。本当に正しい法律は、一列兄弟で、上下の隔てがなく人々の間に隔てがない、全部平等だという、こういう考え方と矛盾しません。でも当時の法律はそうではなかったものですから、律があっても神様への心定めが第一だという風におっしゃられた。
 そんな中でおつとめをするということは捕まるということですから、教祖は床に臥せておられても、つとめをせよ、つとめをせよ。しかし人間は法律に逆らうことはできません。「律が怖わいか、神が怖わいか、」というようなことでどんどんどんどん教祖の身上が悪くなる。教祖の言うことを聞かないとだめだということで、そこで初代の真柱様が「命捨てゝもという心の者のみ、おつとめせよ。」とおっしゃるんです。
 真冬の1月26日ですから、現在の暦でいうと2月18日です。真冬の、特に奈良の盆地の寒い所で、もし捕まったならば大変なことになるから皆何枚も重ね着をして、捕まってそのまま監獄へ行っても大丈夫なように足袋も2枚履いて、そういう命どうなってもという方たちがおつとめをしました。
 そしておつとめをする前に教祖から

「さあ/\扉を開いて地を均らそうか、扉を閉まりて地を均らそうか/\。」

ということをおっしゃられた。その時に皆意味が分からないですけれども「扉開いて」の方がなんとなく元気が良い、ということで「どうぞ扉を開いてください」「分かった」ということで、その後命どうなってもという人たちが決死の、まさに命がけのおつとめをしたんです。
 そしてちょうど午後2時頃に教祖が「ウーン」と言われて息を引き取られました。皆驚いて本席様、つまり飯降伊蔵先生がいますから、飯降先生にどうしてこうなってしまったんですかと話を聞いたらば、「扉開いて、ろっくの地にしてくれ、と、言うたやないか。」と。
 扉を開くということは、教祖の身体があったら監獄へ連れて行かれてしまう。それが怖くておつとめができない。そしてその日のおつとめはついに十二下りまで警官が踏み込まなかったという奇跡が起きているわけです。そしてそういうおつとめも教祖の姿が見えるからいけないのだということで、教祖は、姿は隠すけれども今までと同じやで、ということをおっしゃりました。教祖が身を隠されて、本席様を通してお聞きした神様の声です。

「さあ/\これまで住んで居る。何処へも行てはせんで、何処へも行てはせんで。日日の道を見て思やんしてくれねばならん。さあ/\これまで住んで居る。何処へも行てはせんで、何処へも行てはせんで。日日の道を見て思やんしてくれねばならん。」
「姿は見えんだけやで、同んなし事やで、姿が無いばかりやで。」
(明治23年3月17日(陰暦正月27日)

ということを教祖はおっしゃられた。つまり姿はないけれども、今までと同じだ、と。姿がないだけでお前たちを助けてやるということをおっしゃられました。それで皆は安心して勇んで、それからまたにをいがけに邁進したというのがこの正月26日、これがちょうど140年前の1月26日のことです。
 そして教祖は50年もの間言うに言われん苦労をされたという風におっしゃっています。監獄に入ったり、来る方に全部施されたために、ある日はこかん様が「お母さん、もう、お米はありません。」と言った時に教祖が言われた言葉が、「世界には、枕もとに食物を山ほど積んでも、食べるに食べられず、水も喉を越さんと言うて苦しんでいる人もある。そのことを思えば、わしらは結構や、水を飲めば水の味がする。親神様が結構にお与え下されてある。」というように、つまり諭達を読んだときに「水を飲めば水の味がする。」とありましたけれど、それはそういう時に話された言葉。
 つまりどんな中でも喜んで通ることができるんだと。食べるものがなくたって、水を飲むことができるし、水を飲めば水の味がするじゃないか、神様が結構にお与えくださっているんだということをその時におっしゃられたわけです。

2.教祖にご苦労はない
 そういうことで今日は一つお話ししたいのが、実は今日のために大教会から祭文例をもらいました。その中に「五十年もの間口には言えん、書くに書かれんほどのご苦労を教祖は通ってこられた」という文章が書いてあるんです。そこで本部の上田嘉太郎先生という方との勉強会での話。その先生も非常に熱心な大変な信仰者ですけれど、その先生がふと「教祖にご苦労なんかないよ」と言われたのです。
 人間から見ると監獄に入れられたり、あるいはお米がないというような時であっても、それは私たちは苦労という風に思いましたけれど、実は教祖にとっては苦労でも何でもない。だからこそ「水を飲めば水の味がする。」、よろこびなさいと言う。
 また、監獄に入っている時に、通りに物売りが来た。その傍で付き添っていたおひささんという、当時10歳前後のお子さんですけれど、年寄りだからと付き添いで一緒に監獄へ行ったんです。その方に、「あれを買っておいで」と言われた。「なんでですか」と言ったらば、あれを買ってそこにいる監獄で見張っている看守さんが寂しそうで何もしていないから看守さんにあげておくれ、とおっしゃった。
 つまり自分を監獄に入れている人に対してもそうやって物をあの人にあげたら、ということをお命じになった。つまり教祖にとって監獄に入るなんていうことはなんでもない。また、お米がなくても今のようになんでもない。
 なんでそのような道を通られたかというと、これは二つ考え方があると思うんです。
 一つは、そういう通り方、大変な中をみんな見せてくれて、人間がそういう風に、我々がなった時に教祖だったらどうされたろうかということを考えることが一つ。
 あと一つの考え方は、実は私はこちらが正しいと思うのですが、50年間教祖は人類、人間、我々の苦労を全部通ってくださった。つまり身代わりに全部教祖が通ってくださったので私たちはそんな苦労をしないでいい。私はこちらの方が正しいと思うんです。教祖がもう全部苦労を通ってくださった。だから私たちはあんな苦労をしないでいいんです。

3.親神様、先祖のおかげ
 そして皆さん方の親も、両親も、祖父母もそうです。その方たちが通ってくれたお陰で自分たちはつらい思いをしないで済んでいる。飢えないで済んでいる。そして元気で人様とお付き合いができる。これも全部皆さん方の親やおじいちゃんおばあちゃんが今の土台を作ってくださったんだと思うと、もうそんな苦労は通らなくていい。確かにそうですよね。
 私は昭和22年生まれですけれど、戦争が終わってからでした。戦争前は本当に食べるものも口に入らなかったという苦労を聞いています。しかし私は食べるのに飢えたことはない。今日食べるご飯がないなんて言われたことがない。そうやって考えてみると、そうやって全部教祖から始まって、私たちにつながる全部の人たちが私たちのために苦労を通ってくださった。だから自分たちは苦労をしないんだという風に私は信じているんです。
 ということは、私たちは今自分たちができることを一所懸命にやっていないと、子どもが苦労するようなことになったらこれは困る。くれぐれもお金を残すとか財産を残すとかいうことではありません。物の考え方、信仰を伝える。そして心の豊かさを伝えていくという、これが私たちの役目ですから、教祖のようにどんなに食べる物がなくてもその中で喜ぶ。いつも私が申しあげておりますように、どんな中からでも喜びを探す。これが実は教祖が50年通ってくださったことで私たちに教えてくださっていることだろうと思うんです。
 そういうことで皆さん、今日があるのは親神様、教祖のおかげ。そして先祖様のおかげ。そして今度は自分が先祖になるんだから、子孫のために、自分の直接の子孫じゃなくてもいいんです、社会のこれからの生まれてくる子どもたちのために何か彼らが不幸にならないでいいようなことをやらせてもらう。これが教祖が実は50年間通られたひながたの意味だろうと思うんです。
 教祖すごいなあ、あんな苦労をしてくれたなあ、といってそれで話が終わってはいけない。そのおかげで私たちは苦労をしないで済んでいる。皆さん方の親も昭和の戦時中の生まれの方ばかりですから、その方たちは大変な苦労をされた。そのおかげで私たちは今日苦労しないで済んでいる。これは決して自力のものではありません。神様のおかげ、先祖様のおかげ、親のおかげ。こういうことを改めてこの140年祭を機に改めて一人ひとりが今日ある幸せをじっくりと感謝して、しっかりと親神様や教祖や先祖様に向ける感謝の方向というのを一つお考えいただきたいと思います。

 まだ寒いですかさらに心を引き締めて、そして年祭の喜びを胸にたたえて、この1年、しっかりとお過ごしをいただきたいと思います。
 
 本日はどうもありがとうございました。

2026年02月10日

2025年(立教188年)12月月次祭神殿講話 ~喜ぶ理は天の理に適う~

1.信者さんのお出直し
 ただいま読ませていただきました諭達第四号。これは教祖年祭、立教189年の正月26日までの三年間のために示されたもので、ちょうど今日で36回読んだことになります。三年千日、あっという間です。そんなわけで来年1月26日には教祖140年祭がつとめられることになっております。
 その前にまず、皆さんに悲しいお知らせをしなければなりません。先月11月12日の月次祭に参拝していただいた信者Hさんが、翌日13日にお風呂場で心臓麻痺でお出直しになりました。85歳でございました。
 教会としてもすぐに行かせていただきまして、色々お供え物をさせていただきました。夕方お風呂に入ってなかなか出てこないので、後ろ向きに入っているHさんの肩を息子さんが叩いたけれど返事がないのでよく見たら、もうすでに息をしていなかったと。救急車を呼んだんですがすでに死後硬直が始まっていますよ、ということでおそらく一時間以上そこにおられたのかもしれません。
 前日月次祭で心を清められ、直会では神様のお下がりのお酒をおいしいおいしいと召しあがられて、そしてお下がりの新米も三膳も召しあがって、本当においしいと言って喜んで帰られました。もしお元気であれば、今日はふきのとうなんて持ってきてくださったかもしれない。毎年毎年、冬はふきのとう、春になるとふきを採っていただいて、教会でも天ぷらにしたりきゃらぶきにしたり、非常に喜ばせていただきました。
 長きにわたり教会に尽くしていただいたことに対して改めてお礼を申しあげるとともに、1日も早く生まれかわってこられるようお祈りしたいと思います。

2.日帝分教会の一年
 この一年間、1月は女性信者Tさんのお出直しという大変衝撃的なことがありました。そして11月はHさんのお出直し。人間は必ず一回は出直しをしなきゃいけないんだけれど、やはり身近の方、特に皆さんと親しい、本当に教会にも尽くしてくださった方がお出直しされるのは本当につらい、悲しいことですが、神様が抱えていただいているということを信じて、生まれ変わって出直してくることを信じたいと思います。
 そしてこの1年間、本当に皆さん方には日帝分教会の上にご尽力をいただきまして、高い所からではございますが、改めて厚く御礼を申しあげます。
 大教会からは、活動目標として三年千日で一千名のおぢばがえり、二百名の別席者の御守護を打ち出されています。日帝からは何人もの方に別席を運んでいただきました。そしておさづけの理の拝戴も1人、していただきました。それとおぢばがえりには毎月、11月は私は行けなかったんですが、皆さんが代わりに大挙して行っていただいた。
 本当に教会として絶えることなく一年間、毎月おぢばがえり、あえて言えばこの三年間、日帝分教会がおぢばがえりしなかった日はありません。必ず私は月に2回は帰らせてもらっていますし、団参も皆さんやっていただいていますし、後ほどきっと大教会から発表があると思いますけれど、おそらく当教会は大教会部内で一番二番の成績ではないかなと、これも皆さんのお陰でございます。本当にありがとうございました。
 さて140年祭、これは来月お話しすることになると思いますけれど、140年祭は目標ではありません。到達地点ではありません。140年祭のために心を作って、そしてその140年祭を機にまた10年間しっかりとやらせていただこう、という日です。
 教祖は、この三年千日しっかり一所懸命にやれば、教祖が通った50年のひながたの道と同じように受け取ってあげると。皆さんしっかりやったから教祖受け取ってくださいますから、これから教祖から御守護をいただくばっかりだと思います。その上でさらに今度は新しい10年間、どれだけ教祖に御守護をいただいたことを人様に伝えて歩けるかということをぜひやっていただきたいと思います。

3.50年ローンの話
 ちょっと面白い話をします。今、都心のマンションがものすごい高い。もう東京都の中古マンションでも1億円を超えたという、大変にマンションが高い。そうしたらテレビでやっていました。若いご夫婦がその1億円のマンションを買ったそうです。夫婦が2分の1ずつの50年ローンだそうです。50年。へえと思ってすごいなあと。今まで20年だったのがいつの間にか30年になり、35年まで延びてきた。それが今50年まで延びてきたということです。50年という時間をちょっと考えてみますと、いくつかの条件がないと50年ローンなんて到底成り立たない。
 一つは、夫婦が50年間生きるということ、一緒に。今日ローン契約結んだご夫婦が、これから50年間長生きするということ。
 その次に、その50年間が元気に働けるということ。夫婦共です。
 そして三つめは、50年間給料をもらえるということ。どこにもクビにならずに。
 そして四つめは、給料をくれる会社が50年間潰れないということ。
 そして何よりも大切なのが最後の五つめ。そのご夫婦が50年もの間離婚しないということです。
 つまり、50年間健康でいること、50年間生きること、50年間健康で働けること、50年間給料がちゃんともらえること、50年間給料をくれる会社があること。そして50年間夫婦が離婚しないこと。こんな五つのことが全部揃わないとローンは完済できません。まあ、最後の50年間離婚しないことというのはご夫婦のことだから、自分たち夫婦の努力でうまくいくかもしれない。しかし50年生きるとか、50年元気で働けるとか、50年お給料がもらえるとか、50年会社が潰れないなんていうのは、基本自分たちの力では何ともならないこと。つまり神様の御守護がないと成り立たない。そういうローンを、神様の8割の御守護がないとローンが成り立たないということが、今の億ションのローンなんです。
 皆さんは、「いや自分の努力でできるんだ」と言っているけれど、以前申しあげましたように、私たちの思い込みというのは、お正月は迎えられるに決まっている、そして1年間は、来年一年は死ぬことなく元気で働けるはずだ。そしてご飯もおいしく食べられるはずだ。誰もが皆と仲良くできるはずだ。という「はずだ」というものは全部思い込み。その一つが狂ったってすべての皆さん方の考えは、おかしくなってしまう。それが一番分かりやすく、50年ローンというので申しあげましたけれど、一つが狂っても全部そのローンは成り立たない。
 そういった「こんなことは当然だろう」「こんなことは当たり前にできる」という思い込みで、実は人間は毎日生きているんです。しかしその思い込みがなければ元気で生きられないから、思い込みをするのは大事。しかしそれがその通りになった、今日一日生きられた、あるいはお正月が迎えられた、そうしたらまず何よりも神様に、お正月が迎えられました、あるいは今日一日無事に過ごせた、というこういうことを毎日毎日感謝をするということをしないと、やはり神様はこちらの思い込みを実現させてはくれないんだと思うんです。

4.天の理
 そういう風に考えますと、神様の教え、我々は「天の理」と申しますけれど、天の理に適った生活をしないとすべてが成り立たない。そこで天の理というのは難しそうだけれど、実は全然難しくないんです。神様はどういうことをおっしゃっているかというと、まず天の理、神様にもたれたら、

「天の理に凭(もた)れてするなら、怖わき危なきは無い。」(明治二十三年六月二十九日)

とおっしゃる。神様にもたれていれば、怖いこと危ないことはないとおっしゃる。そしてこういうおさしづがあるんです。

「あちらでも喜ぶ、こちらでも喜ぶ。喜ぶ理は天の理に適う。適うから盛ん。」(明治三十三年七月十四日)

 喜んでいれば、皆の周りはどんどん盛んになってくるよ、と。つまり天の理に適うためにはどうするかというと、喜ぶんです。どんなことが起きても喜ぶ。喜ばせてもらう。
 先月申しあげましたが、私が脊柱管狭窄になって、せっかく別席者をおさづけ拝戴という尊いことをさせてもらったのにその晩から歩けなくなってしまって、手術が必要になるので「なんでこんなことになるんだ」と不足して(不満に思って)いたらはたと気づいた。そうだ、もし前の日に痛かったらおさづけの理の拝戴ができなかった。おぢばにお連れすることができなかった。神様は発症を待っていてくださったんだなあと。そうしたら今度は喜べるばかりです、文句なんて言うのはおかしかった、という風に考え方、心一つ、それが喜ぶから天の理に適うというんです。
 だから皆さん、神様に愛してもらう、神様に抱えてもらうためには簡単です、どんなことが起きても喜ばせてもらう。喜びの種を探すということ。それだけをやることで天の理に適う。どんなつらいことが起きても、神様は私にどういう期待をしてこういう手引きをされたのか、その手引きをしっかり考えた時に、「ああこういうことだったのか」と喜べる、これが、喜ぶと神様の天の理に適うから盛んにしてあげるということなんです。
 ということを先ほど50年ローンの話を例に挙げましたが、どんなことも神様の御守護がないと成り立たない。神様からの御守護をいただくためには、どんなことでも喜べばいい。これは簡単でしょう?不足するのは簡単だけれど、喜ぶのはちょっと難しいかもしれない。しかし喜ぼうと、どんなつらいことが起きても、その中から神様が何を私が喜ぶ種をここで見つけたらいいのかということを努力することによって、やはり神様に近付くことになるんです。
 つらいことが起きた、悲しいことが起きた時は、やはりつらい、悲しいです。しかし、その中からでも喜びの種を一つでも見つけていく。これが天の理に適うということだということを、この年の暮れに申しあげます。まだ今年は二十日間あります。三年千日のうちの貴重な二十日間、まだまだ人を助ける、喜ばせることができます。それを努力して、そして一人ひとりが喜びの種を探しましょう。これが信仰をしている意味だと思います。他の人が喜べないことでも信仰をしていたから喜べた。こんな難儀なことでも信仰をしていたから喜べた。こういうことが神様の理に適うことだということを、今日は一つお話をさせていただきました。

 本当にこの一年間皆様、日帝分教会の上にありがとうございました。急に寒さも続いておりますので、身体を十分に労わってください。
 来月の12日は当教会でも教祖の140年祭をさせていただきます。いつものように祭文を読んで、おつとめが終わった後、教祖の前で改めて教祖が140年前に身を隠されたことに対しての祭文を読ませていただくということになっております。来月12日は祝日ですので、一人でも多くの方に来ていただいて、にぎやかにお迎えしたいと思います。

 本日はどうもありがとうございました。

2025年12月29日

2025年(立教188年)11月月次祭神殿講話 ~天理教は最先端の教え~

1.自分の身体は自由にならない
 ただ今は11月の月次祭を人数の少ない中、本当に賑やかにおつとめいただきました。
会長が身上でまだ十分でないのが申し訳ありませんが、皆様のお陰で無事つとめさせていただきまして、本当に御礼申しあげます。
 先月の25・26日はおぢばで秋の大祭がありました。そして当日帝分教会からもおぢばがえり団参をさせていただきました。ちょうどその日に合わせて大教会でも家族そろっておぢばがえりという催しをしていただきまして、私は残念ながら行けませんでしたけれど、日帝分教会からは6人の方がおぢばがえりに参加していただき、またその中から2人が別席を運んでいただきました。本当にありがとうございました。
 私自身のことをちょっと申しあげますと、脊椎狭窄症で9月いっぱい入院をしておりまして、退院したらすぐに歩けるものと思いましたら、人間というのは20日も歩かないと本当に足の筋肉がなくなって、杖が無いと歩けないという状態でした。それから10月はリハビリをさせていただきまして、なんとか歩けるようになって、また11月1日はようぼく一斉活動日でむさしの支部にお呼びいただきまして、1時間ほどですが立ったまま講演ができて本当にご守護だったなと思います。そこに当教会の信者さんも4人お越しいただきまして、本当にありがとうございました。
 そんなことで自分が普段身上貸しもの借りもの大事だと言っているにも関わらず、心の底からそれを納得はしていなかったんだと思いますが、今は本当に心の底から、歩くのも神様のご守護、立っているのも神様のご守護、座るのもご守護、また、横になってまっすぐ背が伸びるのもご守護、本当に自分ではどうにもならないということが本当によく分かりました。
 そして先週は、元々の予定があったので人間ドックに入ってまいりました。以前も申しあげたことがありますけれど、人間ドックで自分のお腹の中、腸の中を全部見せてもらう、胃の中を見せてもらう。自分の身体でありながら見たこともない。あとその時につくづく思うのが、まったく自分では自由にならないということです。
 自分の胃であり自分の腸でもあるけれど、これがまったく自由にならない。食べたものを自分で消化して、出すのも自分でやっているつもりだけれども、そんなこと自分でできていない。そして身体中をお医者さんに見てもらいまして、ありがたいことに何事もないということでした。その年齢でなにもないのはすごいですねと褒められたくらいですが、それも実は自分がきれいにしたわけではなくて、神様からそういう身体をお借りしているんだということをつくづくと感じているわけであります。
 「かりものの理自由分からねば何もならん。」という、いつも申しあげますけれども、身の内貸しもの借りものということが分からなければ、何も分からない。人生の目的が分からない。生きている理由が分からない。これは神様から身体をお借りしているんだということを分かって初めて自分が生きている意味、この身体は自分のためではなく人様のために使わせてもらおうという、そういう意味が分かるということでございます。

2.口だけでも、言葉だけでも喜ばす
 そんなことで今更ながら自分の身体が神様から借りているということを本当に感じているわけでございます。そしてその翌週ですけれど、司法研修所の卒業50周年というパーティーがありました。つまり弁護士になって50年、裁判官になった者はもう定年ですけれど、検察官になった者も全部集まりました。そうしたらあの当時500人ほどの合格者だったんですけれど、なんと名簿上で生きているのが300人。200人もいなくなってしまいました。自分がそっち側に入っていてもおかしくないんですけれど、お陰様で生きている側に置いていただいて、パーティーをさせていただきました。
 そして次は55周年だということで、大阪でやるから、皆さん元気で来てくださいというのではなくて、大阪の代表が「皆さん生きていてください」という話をされました。もう私くらいの年齢でもあと5年というのは生きていてくださいというくらいのことです。当教会で見れば90歳を頭に皆お元気な方ばかりですね。これは本当に皆さんの日常の徳を積んでおられることから、神様がご褒美で貸してくださっているんだと思いますけれど、身体が動かなくても言葉だけでも感謝の言葉をする。言葉を出す。相手を喜ばせる言葉を出す。それだけでもお助けになるといつも申しあげています。
 身体が動かなくても、口だけで、言葉だけで相手を喜ばせる、相手を勇ませる。これが神様からのお借りしている身体の使い方です。
 私もいつも友人に言って笑われるんですが、整形外科にかかる病気というのは、首から上は元気なんだよ、と。首から下が不自由だから動けないんだけど、首から上は元気なんだ。だから電話で話したり、パソコン使ってリモート通話なんかしているとまったく元気ですから、どこが悪いか分からない。
 というわけで、逆に言えば、首から上さえ元気なら、人を喜ばせることができるということです。人を助けることすらできる。そう考えると、腰が痛いだの足が痛いだの、私も歩き方がどうのと言ってますけれど、そんなことはもったいない。動けるところだけ使わせてもらう。手が動くなら手を使って誰かのためになることをする。口から上しか動かなかったら口から上で誰かを喜ばせる、楽しませる。これが神様からお借りしている身体の意味ということで、ぜひこの機会にまた改めて貸しもの借りもののありがたさを感じていただきたいと思います。

3.男女の隔てはない
 さて、日本では初めて女性の総理大臣というのが出てきました。昭和になってからも100年、戦争が終わってからも80年になるし、明治時代からももう200年にもなる時に初めて女性の総理大臣が出てきた。ここで男と女ということに関して、こういうおさしづがあります。

「男女の隔て無く、一時に心澄み切りて通れば、男女の区別は無い。何名何人、こらどうもならん。道具に譬(たと)えて話する。粗い事するものもあれば、細かい事するものもある。又中程するものもある。この道理わからねばどうもならん。」(明治三十一年三月二十六日)

 つまり心澄み切って通れば男女の隔てはない。これが分からんから困る。男女の隔てはない、これはどういうことかというと、道具に例えて話をする。男であろうと女であろうと、粗い事するものもあれば、細かい事するものもある。またその中程するものもある。男と女という意味じゃない、人間によっては粗い事をする人もいるし、細かい事をする人もあるし、中程の事をする人もある。そういうことなので男と女の隔てはないのだ、というおさしづ。それをこの道に例えてお話しくださいました。

4.天理教は最先端の教え
「この道どういう事から成った。男女隔て無い。一つの台にして始め掛けた。この理がとんと分かり難ない。この道の始めた教祖一代の処は女、後席は男。男女の隔て有るか無いか。この順序の理、日々取り次ぎ、男女の隔て無い。」(明治三十一年十月二十六日)

 この道が一体どういう風に成ったかお前たち分かっているか。この道を始めた初代の教祖は女である。その後の本席、後席は男である。男女の隔てが有るか無いか。この順序の理で、日々取り次いでいる。男女の隔ては無い。
 これを教祖がもう明治、江戸時代の末期にこういう男と女の隔てはないぞということをおっしゃっているんです。いかにこの教えが近代的で平等で男との差別、人間の差別もしない、粗い事する人間もいれば細かい事をするものもいる、中程のものもいる。それぞれの徳分に合った仕事をすればいいのだ、ということで天保9年、今からまさに188年も前の頃から男と女の隔てはないぞ、と。この道は女から始まった。そして後は男である。男と女の隔てがあるか。こういう素晴らしいおさしづが残っています。
 それを今、初めて女性の総理大臣が出たからどうのこうのと言っているのをはるかに飛び越えて、教祖はこういうことからおっしゃっているということをしっかりと、私たちの教えはこういう素晴らしい教えなんだということを改めてこの機会に理解していただきたいと思います。
 なんだか初めての女性の総理大臣だなんだと皆ちやほやしているけれど、日本がいかにも先進国に入ったようなことを言ってますけれど、教祖からするともう200年も遅いぞ、とこういうことなんです。さらに女性の総理大臣と言っている限りはだめ、女か男かそんなことは関係ないんだとおっしゃっているんです。ですから男と女の隔てなく、また、身体が不自由な人も不自由でない人も隔てなく、全部が平等で一列兄弟というこういう教えを教祖はお話されているということで、しっかりと心を広く持ってこの教えの素晴らしさを改めて感じていただきたいと思います。

 本日はどうもありがとうございました。寒いのでどうか風邪などひかないように心勇んでお暮しいただきたいと思います

2025年12月06日
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