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2026年(立教189年)1月春季大祭神殿講話 ~親神様、先祖のおかげ~

1.明治20年1月のこと
 改めて皆さん、明けましておめでとうございます。旧年中は日帝分教会の上にそれぞれのお立場でお尽くしをいただきまして厚く御礼申しあげます。
 今日は1月の春季大祭。10月の秋季大祭との二つが大きなお祭りなんですが、春季大祭というのは教祖が明治20年、陰暦正月26日に身を隠された日。教祖は御存命で生きてらっしゃるから、私たちはいつでもお会いできますけれど、人間としての姿をお隠しになられた日。それがちょうど140年前の今月の26日にあたります。そういうことで大祭の後に祭文を読ませていただきました。
 皆さんもご承知かと思いますが、明治20年陰暦正月26日のことをお話させていただきます。正月に教祖は歩いて少しよろめかれた。それで皆さんがびっくりしてお聞きしたら、「これは、世界の動くしるしや。」ということをおっしゃってくださった。皆さんまだ深い意味が分かりませんから、「世界の動くしるしや。」ということでお話を聞いておりましたら、1月26日に向けてどんどん教祖の身上、身体が弱ってくる。そしてその時に教祖にうかがうと、つとめをしろ、つとめをしろ、という風におっしゃられる。おつとめをしろと。
 皆さん聞いたこともあると思いますけれど、天理教が立教してから、特に明治政府になってからの弾圧はすごいものでございました。教祖は寛永10年という時に生まれたので、その当時は世の中に幕府とか政府とかということで、将軍や天皇といった非常に強い権力者がいたわけですけれど、その人たちに対して、すべて平等である、そして自分の所に来れば必ず助かる、ということをおっしゃった。それは権力者からみると非常に具合が悪いということで、教祖は立教された天保9年、つまり1838年から50年後に身を隠されるまでに18回も監獄にご苦労をいただきました。
 何か犯罪をやったわけではない。人を助けたい、あるいは皆平等なのだ、一列兄弟なのだととなえたことで、18回も監獄へ行かれました。そしてその18回に行ったすべての理由が、このおつとめをしたことです。おつとめをしたことによって捕まってしまう。
 そんなことから明治20年1月20日過ぎ、教祖の身上がすぐれないことから、皆さんが教祖に聞くと、つとめをせよ、つとめをせよ。教祖、法律が世の中にあります、法律で天理教はおつとめをしてはいけないんです、と言うと、

「律が怖わいか、神が怖わいか、」

という話で、教祖は一歩も譲らない。そしてその時に教祖がおっしゃったのが、

「さあ/\月日がありてこの世界あり、世界ありてそれ/\あり、それ/\ありて身の内あり、身の内ありて律あり、律ありても心定めが第一やで。」

という有名なおさしづを言われました。
 どういうことかというと、月日、神様があって宇宙、世界がある。その世界の中でそれぞれの人間の魂がある。そしてそれぞれの魂に身体を貸してくれている。そして身体を借りた人間がいるからそこに法律ができる。しかし法律ができても大事なのは心定め、神様への神一条の心。法律の言うことを聞くなということではありません。本当に正しい法律は、一列兄弟で、上下の隔てがなく人々の間に隔てがない、全部平等だという、こういう考え方と矛盾しません。でも当時の法律はそうではなかったものですから、律があっても神様への心定めが第一だという風におっしゃられた。
 そんな中でおつとめをするということは捕まるということですから、教祖は床に臥せておられても、つとめをせよ、つとめをせよ。しかし人間は法律に逆らうことはできません。「律が怖わいか、神が怖わいか、」というようなことでどんどんどんどん教祖の身上が悪くなる。教祖の言うことを聞かないとだめだということで、そこで初代の真柱様が「命捨てゝもという心の者のみ、おつとめせよ。」とおっしゃるんです。
 真冬の1月26日ですから、現在の暦でいうと2月18日です。真冬の、特に奈良の盆地の寒い所で、もし捕まったならば大変なことになるから皆何枚も重ね着をして、捕まってそのまま監獄へ行っても大丈夫なように足袋も2枚履いて、そういう命どうなってもという方たちがおつとめをしました。
 そしておつとめをする前に教祖から

「さあ/\扉を開いて地を均らそうか、扉を閉まりて地を均らそうか/\。」

ということをおっしゃられた。その時に皆意味が分からないですけれども「扉開いて」の方がなんとなく元気が良い、ということで「どうぞ扉を開いてください」「分かった」ということで、その後命どうなってもという人たちが決死の、まさに命がけのおつとめをしたんです。
 そしてちょうど午後2時頃に教祖が「ウーン」と言われて息を引き取られました。皆驚いて本席様、つまり飯降伊蔵先生がいますから、飯降先生にどうしてこうなってしまったんですかと話を聞いたらば、「扉開いて、ろっくの地にしてくれ、と、言うたやないか。」と。
 扉を開くということは、教祖の身体があったら監獄へ連れて行かれてしまう。それが怖くておつとめができない。そしてその日のおつとめはついに十二下りまで警官が踏み込まなかったという奇跡が起きているわけです。そしてそういうおつとめも教祖の姿が見えるからいけないのだということで、教祖は、姿は隠すけれども今までと同じやで、ということをおっしゃりました。教祖が身を隠されて、本席様を通してお聞きした神様の声です。

「さあ/\これまで住んで居る。何処へも行てはせんで、何処へも行てはせんで。日日の道を見て思やんしてくれねばならん。さあ/\これまで住んで居る。何処へも行てはせんで、何処へも行てはせんで。日日の道を見て思やんしてくれねばならん。」
「姿は見えんだけやで、同んなし事やで、姿が無いばかりやで。」
(明治23年3月17日(陰暦正月27日)

ということを教祖はおっしゃられた。つまり姿はないけれども、今までと同じだ、と。姿がないだけでお前たちを助けてやるということをおっしゃられました。それで皆は安心して勇んで、それからまたにをいがけに邁進したというのがこの正月26日、これがちょうど140年前の1月26日のことです。
 そして教祖は50年もの間言うに言われん苦労をされたという風におっしゃっています。監獄に入ったり、来る方に全部施されたために、ある日はこかん様が「お母さん、もう、お米はありません。」と言った時に教祖が言われた言葉が、「世界には、枕もとに食物を山ほど積んでも、食べるに食べられず、水も喉を越さんと言うて苦しんでいる人もある。そのことを思えば、わしらは結構や、水を飲めば水の味がする。親神様が結構にお与え下されてある。」というように、つまり諭達を読んだときに「水を飲めば水の味がする。」とありましたけれど、それはそういう時に話された言葉。
 つまりどんな中でも喜んで通ることができるんだと。食べるものがなくたって、水を飲むことができるし、水を飲めば水の味がするじゃないか、神様が結構にお与えくださっているんだということをその時におっしゃられたわけです。

2.教祖にご苦労はない
 そういうことで今日は一つお話ししたいのが、実は今日のために大教会から祭文例をもらいました。その中に「五十年もの間口には言えん、書くに書かれんほどのご苦労を教祖は通ってこられた」という文章が書いてあるんです。そこで本部の上田嘉太郎先生という方との勉強会での話。その先生も非常に熱心な大変な信仰者ですけれど、その先生がふと「教祖にご苦労なんかないよ」と言われたのです。
 人間から見ると監獄に入れられたり、あるいはお米がないというような時であっても、それは私たちは苦労という風に思いましたけれど、実は教祖にとっては苦労でも何でもない。だからこそ「水を飲めば水の味がする。」、よろこびなさいと言う。
 また、監獄に入っている時に、通りに物売りが来た。その傍で付き添っていたおひささんという、当時10歳前後のお子さんですけれど、年寄りだからと付き添いで一緒に監獄へ行ったんです。その方に、「あれを買っておいで」と言われた。「なんでですか」と言ったらば、あれを買ってそこにいる監獄で見張っている看守さんが寂しそうで何もしていないから看守さんにあげておくれ、とおっしゃった。
 つまり自分を監獄に入れている人に対してもそうやって物をあの人にあげたら、ということをお命じになった。つまり教祖にとって監獄に入るなんていうことはなんでもない。また、お米がなくても今のようになんでもない。
 なんでそのような道を通られたかというと、これは二つ考え方があると思うんです。
 一つは、そういう通り方、大変な中をみんな見せてくれて、人間がそういう風に、我々がなった時に教祖だったらどうされたろうかということを考えることが一つ。
 あと一つの考え方は、実は私はこちらが正しいと思うのですが、50年間教祖は人類、人間、我々の苦労を全部通ってくださった。つまり身代わりに全部教祖が通ってくださったので私たちはそんな苦労をしないでいい。私はこちらの方が正しいと思うんです。教祖がもう全部苦労を通ってくださった。だから私たちはあんな苦労をしないでいいんです。

3.親神様、先祖のおかげ
 そして皆さん方の親も、両親も、祖父母もそうです。その方たちが通ってくれたお陰で自分たちはつらい思いをしないで済んでいる。飢えないで済んでいる。そして元気で人様とお付き合いができる。これも全部皆さん方の親やおじいちゃんおばあちゃんが今の土台を作ってくださったんだと思うと、もうそんな苦労は通らなくていい。確かにそうですよね。
 私は昭和22年生まれですけれど、戦争が終わってからでした。戦争前は本当に食べるものも口に入らなかったという苦労を聞いています。しかし私は食べるのに飢えたことはない。今日食べるご飯がないなんて言われたことがない。そうやって考えてみると、そうやって全部教祖から始まって、私たちにつながる全部の人たちが私たちのために苦労を通ってくださった。だから自分たちは苦労をしないんだという風に私は信じているんです。
 ということは、私たちは今自分たちができることを一所懸命にやっていないと、子どもが苦労するようなことになったらこれは困る。くれぐれもお金を残すとか財産を残すとかいうことではありません。物の考え方、信仰を伝える。そして心の豊かさを伝えていくという、これが私たちの役目ですから、教祖のようにどんなに食べる物がなくてもその中で喜ぶ。いつも私が申しあげておりますように、どんな中からでも喜びを探す。これが実は教祖が50年通ってくださったことで私たちに教えてくださっていることだろうと思うんです。
 そういうことで皆さん、今日があるのは親神様、教祖のおかげ。そして先祖様のおかげ。そして今度は自分が先祖になるんだから、子孫のために、自分の直接の子孫じゃなくてもいいんです、社会のこれからの生まれてくる子どもたちのために何か彼らが不幸にならないでいいようなことをやらせてもらう。これが教祖が実は50年間通られたひながたの意味だろうと思うんです。
 教祖すごいなあ、あんな苦労をしてくれたなあ、といってそれで話が終わってはいけない。そのおかげで私たちは苦労をしないで済んでいる。皆さん方の親も昭和の戦時中の生まれの方ばかりですから、その方たちは大変な苦労をされた。そのおかげで私たちは今日苦労しないで済んでいる。これは決して自力のものではありません。神様のおかげ、先祖様のおかげ、親のおかげ。こういうことを改めてこの140年祭を機に改めて一人ひとりが今日ある幸せをじっくりと感謝して、しっかりと親神様や教祖や先祖様に向ける感謝の方向というのを一つお考えいただきたいと思います。

 まだ寒いですかさらに心を引き締めて、そして年祭の喜びを胸にたたえて、この1年、しっかりとお過ごしをいただきたいと思います。
 
 本日はどうもありがとうございました。

2026年02月10日

2025年(立教188年)12月月次祭神殿講話 ~喜ぶ理は天の理に適う~

1.信者さんのお出直し
 ただいま読ませていただきました諭達第四号。これは教祖年祭、立教189年の正月26日までの三年間のために示されたもので、ちょうど今日で36回読んだことになります。三年千日、あっという間です。そんなわけで来年1月26日には教祖140年祭がつとめられることになっております。
 その前にまず、皆さんに悲しいお知らせをしなければなりません。先月11月12日の月次祭に参拝していただいた信者Hさんが、翌日13日にお風呂場で心臓麻痺でお出直しになりました。85歳でございました。
 教会としてもすぐに行かせていただきまして、色々お供え物をさせていただきました。夕方お風呂に入ってなかなか出てこないので、後ろ向きに入っているHさんの肩を息子さんが叩いたけれど返事がないのでよく見たら、もうすでに息をしていなかったと。救急車を呼んだんですがすでに死後硬直が始まっていますよ、ということでおそらく一時間以上そこにおられたのかもしれません。
 前日月次祭で心を清められ、直会では神様のお下がりのお酒をおいしいおいしいと召しあがられて、そしてお下がりの新米も三膳も召しあがって、本当においしいと言って喜んで帰られました。もしお元気であれば、今日はふきのとうなんて持ってきてくださったかもしれない。毎年毎年、冬はふきのとう、春になるとふきを採っていただいて、教会でも天ぷらにしたりきゃらぶきにしたり、非常に喜ばせていただきました。
 長きにわたり教会に尽くしていただいたことに対して改めてお礼を申しあげるとともに、1日も早く生まれかわってこられるようお祈りしたいと思います。

2.日帝分教会の一年
 この一年間、1月は女性信者Tさんのお出直しという大変衝撃的なことがありました。そして11月はHさんのお出直し。人間は必ず一回は出直しをしなきゃいけないんだけれど、やはり身近の方、特に皆さんと親しい、本当に教会にも尽くしてくださった方がお出直しされるのは本当につらい、悲しいことですが、神様が抱えていただいているということを信じて、生まれ変わって出直してくることを信じたいと思います。
 そしてこの1年間、本当に皆さん方には日帝分教会の上にご尽力をいただきまして、高い所からではございますが、改めて厚く御礼を申しあげます。
 大教会からは、活動目標として三年千日で一千名のおぢばがえり、二百名の別席者の御守護を打ち出されています。日帝からは何人もの方に別席を運んでいただきました。そしておさづけの理の拝戴も1人、していただきました。それとおぢばがえりには毎月、11月は私は行けなかったんですが、皆さんが代わりに大挙して行っていただいた。
 本当に教会として絶えることなく一年間、毎月おぢばがえり、あえて言えばこの三年間、日帝分教会がおぢばがえりしなかった日はありません。必ず私は月に2回は帰らせてもらっていますし、団参も皆さんやっていただいていますし、後ほどきっと大教会から発表があると思いますけれど、おそらく当教会は大教会部内で一番二番の成績ではないかなと、これも皆さんのお陰でございます。本当にありがとうございました。
 さて140年祭、これは来月お話しすることになると思いますけれど、140年祭は目標ではありません。到達地点ではありません。140年祭のために心を作って、そしてその140年祭を機にまた10年間しっかりとやらせていただこう、という日です。
 教祖は、この三年千日しっかり一所懸命にやれば、教祖が通った50年のひながたの道と同じように受け取ってあげると。皆さんしっかりやったから教祖受け取ってくださいますから、これから教祖から御守護をいただくばっかりだと思います。その上でさらに今度は新しい10年間、どれだけ教祖に御守護をいただいたことを人様に伝えて歩けるかということをぜひやっていただきたいと思います。

3.50年ローンの話
 ちょっと面白い話をします。今、都心のマンションがものすごい高い。もう東京都の中古マンションでも1億円を超えたという、大変にマンションが高い。そうしたらテレビでやっていました。若いご夫婦がその1億円のマンションを買ったそうです。夫婦が2分の1ずつの50年ローンだそうです。50年。へえと思ってすごいなあと。今まで20年だったのがいつの間にか30年になり、35年まで延びてきた。それが今50年まで延びてきたということです。50年という時間をちょっと考えてみますと、いくつかの条件がないと50年ローンなんて到底成り立たない。
 一つは、夫婦が50年間生きるということ、一緒に。今日ローン契約結んだご夫婦が、これから50年間長生きするということ。
 その次に、その50年間が元気に働けるということ。夫婦共です。
 そして三つめは、50年間給料をもらえるということ。どこにもクビにならずに。
 そして四つめは、給料をくれる会社が50年間潰れないということ。
 そして何よりも大切なのが最後の五つめ。そのご夫婦が50年もの間離婚しないということです。
 つまり、50年間健康でいること、50年間生きること、50年間健康で働けること、50年間給料がちゃんともらえること、50年間給料をくれる会社があること。そして50年間夫婦が離婚しないこと。こんな五つのことが全部揃わないとローンは完済できません。まあ、最後の50年間離婚しないことというのはご夫婦のことだから、自分たち夫婦の努力でうまくいくかもしれない。しかし50年生きるとか、50年元気で働けるとか、50年お給料がもらえるとか、50年会社が潰れないなんていうのは、基本自分たちの力では何ともならないこと。つまり神様の御守護がないと成り立たない。そういうローンを、神様の8割の御守護がないとローンが成り立たないということが、今の億ションのローンなんです。
 皆さんは、「いや自分の努力でできるんだ」と言っているけれど、以前申しあげましたように、私たちの思い込みというのは、お正月は迎えられるに決まっている、そして1年間は、来年一年は死ぬことなく元気で働けるはずだ。そしてご飯もおいしく食べられるはずだ。誰もが皆と仲良くできるはずだ。という「はずだ」というものは全部思い込み。その一つが狂ったってすべての皆さん方の考えは、おかしくなってしまう。それが一番分かりやすく、50年ローンというので申しあげましたけれど、一つが狂っても全部そのローンは成り立たない。
 そういった「こんなことは当然だろう」「こんなことは当たり前にできる」という思い込みで、実は人間は毎日生きているんです。しかしその思い込みがなければ元気で生きられないから、思い込みをするのは大事。しかしそれがその通りになった、今日一日生きられた、あるいはお正月が迎えられた、そうしたらまず何よりも神様に、お正月が迎えられました、あるいは今日一日無事に過ごせた、というこういうことを毎日毎日感謝をするということをしないと、やはり神様はこちらの思い込みを実現させてはくれないんだと思うんです。

4.天の理
 そういう風に考えますと、神様の教え、我々は「天の理」と申しますけれど、天の理に適った生活をしないとすべてが成り立たない。そこで天の理というのは難しそうだけれど、実は全然難しくないんです。神様はどういうことをおっしゃっているかというと、まず天の理、神様にもたれたら、

「天の理に凭(もた)れてするなら、怖わき危なきは無い。」(明治二十三年六月二十九日)

とおっしゃる。神様にもたれていれば、怖いこと危ないことはないとおっしゃる。そしてこういうおさしづがあるんです。

「あちらでも喜ぶ、こちらでも喜ぶ。喜ぶ理は天の理に適う。適うから盛ん。」(明治三十三年七月十四日)

 喜んでいれば、皆の周りはどんどん盛んになってくるよ、と。つまり天の理に適うためにはどうするかというと、喜ぶんです。どんなことが起きても喜ぶ。喜ばせてもらう。
 先月申しあげましたが、私が脊柱管狭窄になって、せっかく別席者をおさづけ拝戴という尊いことをさせてもらったのにその晩から歩けなくなってしまって、手術が必要になるので「なんでこんなことになるんだ」と不足して(不満に思って)いたらはたと気づいた。そうだ、もし前の日に痛かったらおさづけの理の拝戴ができなかった。おぢばにお連れすることができなかった。神様は発症を待っていてくださったんだなあと。そうしたら今度は喜べるばかりです、文句なんて言うのはおかしかった、という風に考え方、心一つ、それが喜ぶから天の理に適うというんです。
 だから皆さん、神様に愛してもらう、神様に抱えてもらうためには簡単です、どんなことが起きても喜ばせてもらう。喜びの種を探すということ。それだけをやることで天の理に適う。どんなつらいことが起きても、神様は私にどういう期待をしてこういう手引きをされたのか、その手引きをしっかり考えた時に、「ああこういうことだったのか」と喜べる、これが、喜ぶと神様の天の理に適うから盛んにしてあげるということなんです。
 ということを先ほど50年ローンの話を例に挙げましたが、どんなことも神様の御守護がないと成り立たない。神様からの御守護をいただくためには、どんなことでも喜べばいい。これは簡単でしょう?不足するのは簡単だけれど、喜ぶのはちょっと難しいかもしれない。しかし喜ぼうと、どんなつらいことが起きても、その中から神様が何を私が喜ぶ種をここで見つけたらいいのかということを努力することによって、やはり神様に近付くことになるんです。
 つらいことが起きた、悲しいことが起きた時は、やはりつらい、悲しいです。しかし、その中からでも喜びの種を一つでも見つけていく。これが天の理に適うということだということを、この年の暮れに申しあげます。まだ今年は二十日間あります。三年千日のうちの貴重な二十日間、まだまだ人を助ける、喜ばせることができます。それを努力して、そして一人ひとりが喜びの種を探しましょう。これが信仰をしている意味だと思います。他の人が喜べないことでも信仰をしていたから喜べた。こんな難儀なことでも信仰をしていたから喜べた。こういうことが神様の理に適うことだということを、今日は一つお話をさせていただきました。

 本当にこの一年間皆様、日帝分教会の上にありがとうございました。急に寒さも続いておりますので、身体を十分に労わってください。
 来月の12日は当教会でも教祖の140年祭をさせていただきます。いつものように祭文を読んで、おつとめが終わった後、教祖の前で改めて教祖が140年前に身を隠されたことに対しての祭文を読ませていただくということになっております。来月12日は祝日ですので、一人でも多くの方に来ていただいて、にぎやかにお迎えしたいと思います。

 本日はどうもありがとうございました。

2025年12月29日

2025年(立教188年)11月月次祭神殿講話 ~天理教は最先端の教え~

1.自分の身体は自由にならない
 ただ今は11月の月次祭を人数の少ない中、本当に賑やかにおつとめいただきました。
会長が身上でまだ十分でないのが申し訳ありませんが、皆様のお陰で無事つとめさせていただきまして、本当に御礼申しあげます。
 先月の25・26日はおぢばで秋の大祭がありました。そして当日帝分教会からもおぢばがえり団参をさせていただきました。ちょうどその日に合わせて大教会でも家族そろっておぢばがえりという催しをしていただきまして、私は残念ながら行けませんでしたけれど、日帝分教会からは6人の方がおぢばがえりに参加していただき、またその中から2人が別席を運んでいただきました。本当にありがとうございました。
 私自身のことをちょっと申しあげますと、脊椎狭窄症で9月いっぱい入院をしておりまして、退院したらすぐに歩けるものと思いましたら、人間というのは20日も歩かないと本当に足の筋肉がなくなって、杖が無いと歩けないという状態でした。それから10月はリハビリをさせていただきまして、なんとか歩けるようになって、また11月1日はようぼく一斉活動日でむさしの支部にお呼びいただきまして、1時間ほどですが立ったまま講演ができて本当にご守護だったなと思います。そこに当教会の信者さんも4人お越しいただきまして、本当にありがとうございました。
 そんなことで自分が普段身上貸しもの借りもの大事だと言っているにも関わらず、心の底からそれを納得はしていなかったんだと思いますが、今は本当に心の底から、歩くのも神様のご守護、立っているのも神様のご守護、座るのもご守護、また、横になってまっすぐ背が伸びるのもご守護、本当に自分ではどうにもならないということが本当によく分かりました。
 そして先週は、元々の予定があったので人間ドックに入ってまいりました。以前も申しあげたことがありますけれど、人間ドックで自分のお腹の中、腸の中を全部見せてもらう、胃の中を見せてもらう。自分の身体でありながら見たこともない。あとその時につくづく思うのが、まったく自分では自由にならないということです。
 自分の胃であり自分の腸でもあるけれど、これがまったく自由にならない。食べたものを自分で消化して、出すのも自分でやっているつもりだけれども、そんなこと自分でできていない。そして身体中をお医者さんに見てもらいまして、ありがたいことに何事もないということでした。その年齢でなにもないのはすごいですねと褒められたくらいですが、それも実は自分がきれいにしたわけではなくて、神様からそういう身体をお借りしているんだということをつくづくと感じているわけであります。
 「かりものの理自由分からねば何もならん。」という、いつも申しあげますけれども、身の内貸しもの借りものということが分からなければ、何も分からない。人生の目的が分からない。生きている理由が分からない。これは神様から身体をお借りしているんだということを分かって初めて自分が生きている意味、この身体は自分のためではなく人様のために使わせてもらおうという、そういう意味が分かるということでございます。

2.口だけでも、言葉だけでも喜ばす
 そんなことで今更ながら自分の身体が神様から借りているということを本当に感じているわけでございます。そしてその翌週ですけれど、司法研修所の卒業50周年というパーティーがありました。つまり弁護士になって50年、裁判官になった者はもう定年ですけれど、検察官になった者も全部集まりました。そうしたらあの当時500人ほどの合格者だったんですけれど、なんと名簿上で生きているのが300人。200人もいなくなってしまいました。自分がそっち側に入っていてもおかしくないんですけれど、お陰様で生きている側に置いていただいて、パーティーをさせていただきました。
 そして次は55周年だということで、大阪でやるから、皆さん元気で来てくださいというのではなくて、大阪の代表が「皆さん生きていてください」という話をされました。もう私くらいの年齢でもあと5年というのは生きていてくださいというくらいのことです。当教会で見れば90歳を頭に皆お元気な方ばかりですね。これは本当に皆さんの日常の徳を積んでおられることから、神様がご褒美で貸してくださっているんだと思いますけれど、身体が動かなくても言葉だけでも感謝の言葉をする。言葉を出す。相手を喜ばせる言葉を出す。それだけでもお助けになるといつも申しあげています。
 身体が動かなくても、口だけで、言葉だけで相手を喜ばせる、相手を勇ませる。これが神様からのお借りしている身体の使い方です。
 私もいつも友人に言って笑われるんですが、整形外科にかかる病気というのは、首から上は元気なんだよ、と。首から下が不自由だから動けないんだけど、首から上は元気なんだ。だから電話で話したり、パソコン使ってリモート通話なんかしているとまったく元気ですから、どこが悪いか分からない。
 というわけで、逆に言えば、首から上さえ元気なら、人を喜ばせることができるということです。人を助けることすらできる。そう考えると、腰が痛いだの足が痛いだの、私も歩き方がどうのと言ってますけれど、そんなことはもったいない。動けるところだけ使わせてもらう。手が動くなら手を使って誰かのためになることをする。口から上しか動かなかったら口から上で誰かを喜ばせる、楽しませる。これが神様からお借りしている身体の意味ということで、ぜひこの機会にまた改めて貸しもの借りもののありがたさを感じていただきたいと思います。

3.男女の隔てはない
 さて、日本では初めて女性の総理大臣というのが出てきました。昭和になってからも100年、戦争が終わってからも80年になるし、明治時代からももう200年にもなる時に初めて女性の総理大臣が出てきた。ここで男と女ということに関して、こういうおさしづがあります。

「男女の隔て無く、一時に心澄み切りて通れば、男女の区別は無い。何名何人、こらどうもならん。道具に譬(たと)えて話する。粗い事するものもあれば、細かい事するものもある。又中程するものもある。この道理わからねばどうもならん。」(明治三十一年三月二十六日)

 つまり心澄み切って通れば男女の隔てはない。これが分からんから困る。男女の隔てはない、これはどういうことかというと、道具に例えて話をする。男であろうと女であろうと、粗い事するものもあれば、細かい事するものもある。またその中程するものもある。男と女という意味じゃない、人間によっては粗い事をする人もいるし、細かい事をする人もあるし、中程の事をする人もある。そういうことなので男と女の隔てはないのだ、というおさしづ。それをこの道に例えてお話しくださいました。

4.天理教は最先端の教え
「この道どういう事から成った。男女隔て無い。一つの台にして始め掛けた。この理がとんと分かり難ない。この道の始めた教祖一代の処は女、後席は男。男女の隔て有るか無いか。この順序の理、日々取り次ぎ、男女の隔て無い。」(明治三十一年十月二十六日)

 この道が一体どういう風に成ったかお前たち分かっているか。この道を始めた初代の教祖は女である。その後の本席、後席は男である。男女の隔てが有るか無いか。この順序の理で、日々取り次いでいる。男女の隔ては無い。
 これを教祖がもう明治、江戸時代の末期にこういう男と女の隔てはないぞということをおっしゃっているんです。いかにこの教えが近代的で平等で男との差別、人間の差別もしない、粗い事する人間もいれば細かい事をするものもいる、中程のものもいる。それぞれの徳分に合った仕事をすればいいのだ、ということで天保9年、今からまさに188年も前の頃から男と女の隔てはないぞ、と。この道は女から始まった。そして後は男である。男と女の隔てがあるか。こういう素晴らしいおさしづが残っています。
 それを今、初めて女性の総理大臣が出たからどうのこうのと言っているのをはるかに飛び越えて、教祖はこういうことからおっしゃっているということをしっかりと、私たちの教えはこういう素晴らしい教えなんだということを改めてこの機会に理解していただきたいと思います。
 なんだか初めての女性の総理大臣だなんだと皆ちやほやしているけれど、日本がいかにも先進国に入ったようなことを言ってますけれど、教祖からするともう200年も遅いぞ、とこういうことなんです。さらに女性の総理大臣と言っている限りはだめ、女か男かそんなことは関係ないんだとおっしゃっているんです。ですから男と女の隔てなく、また、身体が不自由な人も不自由でない人も隔てなく、全部が平等で一列兄弟というこういう教えを教祖はお話されているということで、しっかりと心を広く持ってこの教えの素晴らしさを改めて感じていただきたいと思います。

 本日はどうもありがとうございました。寒いのでどうか風邪などひかないように心勇んでお暮しいただきたいと思います

2025年12月06日

2025年(立教188年)8月月次祭神殿講話 ~神一条でこれ我が事~

1.暑くても喜ぶ
 ただ今は8月の月次祭、本当に賑やかにおつとめいただきました。
 先月なかなか上手くいかなかった太鼓も、お子さんがしっかりやってくれて皆を勇ませてくれました。やはり鳴り物、おてふりを覚えると人も勇ませるけれど、自分自身が本当に心が勇んできます。しっかりとおつとめを学んで、自分も皆さんも勇ませるようにしていただきたいと思います。
 今月は8月、歴史上初めてという41℃なんていう温度になりました。私の子どもの頃は夏休みは朝から野球ばかりしておりまして、朝5時くらいに起きて運動場へ行って夕方5時6時までずっと野球をして、その間おにぎり1個くらいもらって野球をする。ただ家を出る時に、今日は30℃になりそうだから気を付けなさいと言われたことをちょっと思い出しました。ということは昔の真夏というのは8月でも30℃いってなかったんですね。だからあの炎天下と言いますけれど、27~8℃の中で朝から晩まで野球をやっていてもそんなにおかしくならなかった。ところが今は30℃、40℃。これは細胞が全部壊れるそうですから、本当に暑い中大変ですけれど、これも神様のなんらかのご守護と思って喜んで通らせていただきたいと思います。

2.8月という月
 8月というと、人の命に関わる大きな事件がいくつもあります。皆さんご存知のとおり、6日は広島に原爆が落ちました。そして三日後の9日には長崎に原爆が落ちました。その落ちたことで、その年の内に亡くなった方が14万人もいたそうです。
 そして忘れもしません、今から40年前の8月12日。月次祭が終わってテレビをかけましたら飛行機が行方不明だ、と。日航機の123便、ジャンボ機が行方不明になってその日の夕方に墜落しているのが分かった。520人という、飛行機の事故としては世界最悪の事故というのが起きてしまいました。
 そしてまた最近では8月というと大洪水。今日も九州の方や石川では大変なことになっていて、線状降水帯というので大雨が降っているそうですけれど、それくらい大変な水害が起きています。
 そこでちょっと、世界のことも調べたんです。1914年に始まった第一次世界大戦で亡くなった方は、市民も兵隊さんも含めて、1600万人だそうです。そして第二次世界大戦、1945年の8月15日に終わった第二次世界大戦、これは世界中で5500万人が亡くなったそうです。合わせると、人間というのは7000万人以上が戦争で死んでいる。そんなことからもう絶対に戦争をするのはよそうということを今から80年前に決心をした訳です。その80年前の8月6日と9日落ちた原子爆弾を持っていたのは、当時はアメリカだけだった。ところがそれで皆で戦争はもうやめようと思ったにも関わらず、それからこの80年の間にアメリカ以外に8つの国が原子爆弾を持つに至ってしまいました。

3.人間の心遣い
 人間はまったく懲りていないといいましょうか、そういった中で親神様は人間の心は自由だと、心は自由に使わせていただくように作っていただいたんですけれども、その心の自由を人間に与えた時に、その人間が心得違い、陽気ぐらしの心、人を助けるという心を忘れてしまった時に、それに対して神様は手引きというものをくださる。一人ひとりの人間が、親神様がくださったこの大事な身体を誤った形で使った時には、ここを気を付けなさいよ、とちょっと手引きをしてくれて、そこでああそうか、私の心遣いはこういう風に悪かったんだといって心遣いを改める。そしてまた人間は一歩成人をしていく。これが成人の道なんです。
 ですからこの教えには病気なんていうものはない。全部神様の手引き。そんな中で今またこの長崎や福岡や熊本、あるいは石川県が昨日今日で大変な大水害。一日で50センチもの雨が降るそうです。平均して50センチならちょっと低い所へ行ったら何メートルになってしまいます。ということでそんな大変な雨が降っている。こういうおふでさきがあります。

 「このせかい山ぐゑなそもかみなりも ぢしんをふかぜ月日りいふく」(6-91)

 この世界、山崩れ、また、今で言う線状降水帯でしょう、雷が鳴ってものすごい雨が降る。そして地震が起きる。そして大風が吹く。大きな台風が来る。「このせかい山ぐゑなそもかみなりも ぢしんをふかぜ月日りいふく」。全部これは神様が人間に反省を促すためにそういう手引きをくださっているということをおっしゃっているわけですが、先ほどの話で人間は、実は80年前に反省したんです。平和はこんなに嬉しいものだ、こんなに明るい楽しいものだと実感をした。それは神様がやはり教えてくださったはずなんです。こういうおさしづがあります。

「神の自由して見せても、その時だけは覚えて居る。なれど、一日経つ、十日経つ、三十日経てば、ころっと忘れて了う。」(明治三十一年五月九日)

 神様の自由を見せてもその時だけは覚えている。皆がちょっと病んだ、苦しんだ時に神様にお願いをして、そして心を直したならばすっきりご守護をいただいた。それは神様のご守護、自由をして見せてもその時だけは覚えている。ありがたいなあ、しかしそれが「一日経つ、十日経つ、三十日経てば、ころっと忘れて了う。」。これが人間の心なんです。
 よく言われますが、「心というのはころころ変わるから心というのだ。」と。しかし神様は今のように、ころっと忘れてしまうからその都度手引きを出して心を元に戻すのだと。それが神一条の心ということなんです。
 神様を中心に物事を考える。どんなことが起きても、神様は私に何をおっしゃってるんだろうかということを考える。これが大事なことなんですが、その人間そのものが先ほど申しあげたように、原子爆弾、また、飛行機が壊れたのに、修理が中途半端だったために墜落して520人が亡くなった。一番安全だと思ったジャンボ機です。
 私事ですが、飛行機はずっと乗れなかった。51歳まで。そうしたら海外へ行くのにどうしても乗らなくてはいけないということで、練習に乗ろうということで絶対に揺れない飛行機だ、絶対に安全な飛行機だとして乗せてもらったのがジャンボ機です。本当に大きくてまったく揺れない。飛行機ってこんなもんだと思って海外の別な飛行機に乗ったら大揺れで大変でしたけど、それぐらい絶対に安全だというジャンボ機が落ちた。これも人間のわずか修理の鉄板一枚の間違いで落ちたそうです。
 ただそのお陰で大きな飛行機事故はそれから起きていない。少なくとも日本ではまったく起きていない。そういう風にして神様は一つの大変な節を見せていただくけれども、それによって次の犠牲が起きない、これが人間の進歩なんです。

4.神一条で我が事
 そこで大事なことは、それでは原爆を落とされた長崎や広島の方、あるいは今線状降水帯で悩んでおられる宮崎や熊本や大分や福岡や石川県の方たち、この人たちに神様はなんの手引きを与えているんだろうということ。これをただ外から見ているのではだめです。

「このはなしほかの事でわないほとに神一ぢよでこれわが事」(1-50)

というおふでさきがあります。神様が皆にしているこの話はどういうことに思うかな、神様の心を皆が探すように、求めるように神様の心で動いていくようにすると、世の中に見えていることはこれ全部自分の、我が事であるぞ、と。私たちの代わりにあの人たちがつらい思いをしてくださっているんだと思った時に、私に災難が来なくて良かったという心は浮かんできませんね。
 今苦しんでいる、悩んでいる人に対して自分の代わりに苦しんでいると考え、少しでも助けられることがあったらそれをやらなければいけない。直接出掛けていくことはできませんけれど、せめて一日も早く雨がやみますように、被害が少なくなりますように、一日も早く復興できますように、ということを皆さん一人ひとりが祈る。これが「神一ぢよでこれわが事」という意味なんです。見るものや聞くものすべて自分に対して神様が見せてくださっているんだということを考えてもらいたい。
 例えば、障碍(がい)を持つ子どもが生まれる。障碍の子どもが生まれて、なんでうちに生れたんだというと、そうではなくて、その人を見込んでこの人ならこの子を育てられるといって神様がその人に任せてくれた。
 あるいはなにかの因縁で、原因で非常に困った人が目の前に現れてしまう。その時になんで私の前にというのではなくて、神様があなたに期待してこの人を目の前に出してくれたんだという風に思って、目の前の方を助けさせてもらう。これが「神一ぢよでこれわが事」という意味なんです。
 だから皆さん、どんなことが起きても、あれは他人事、ということでは決してありません。全部みんな我が事。神様が見せてくれている。そして一列兄弟ですから、苦しんでいる方たちのために何ができるか。まず一番始めにできることは祈ること。それからもし余裕があれば色々な物資を送るとか、救援や救護をするということはあるでしょうが、なにはともあれ、今ひどい目にあっている方たちは私たちに神様が見せてくれた、本来は私たちがああいう目にあうことだったということをしっかりと理解をしていただきたいと思います。
 8月というのはそういう意味で人の命に関わることがいっぱい起きています。以前申しあげましたけれど、私たちは明日も生きている、来年も生きていると思っているけれども、それは単なる思い込み。その思い込みを思い込みではなく現実に生かせていただけるのは神様のお陰です。そういうことを考えたならば、一日一日が終わる度に、今日一日を無事に過ごさせてもらったことを神様に感謝する。色々な災難が起きてきたとしても、これは神様は何を私に期待しているんだろうということで神様の心に近付くようにする。こういうことでこの一か月お過ごしいただきたいと思います。

 8月まだまだ暑いですから皆さんどうぞ体に気を付けて、しかし一方で暑さに負けない身体をお借りしている、貸していただいていることに感謝をして、この一か月をお暮しいただきたいと思います。

 今月はありがとうございました。


※9月月次祭神殿講話は、会長入院のため無し
※10月秋季大祭神殿講話は、大教会長巡教のため無し

2025年12月06日

2025年(立教188年)7月中元祭神殿講話 ~順序一つの理~

1.あと7か月ある
 今月は中元祭ということで、中元の月次祭をやらせていいただきました。御中元というのは元日から大晦日までのちょうど真ん中、これを中元というので、要するに半分過ぎましたよ、ということです。一年で考えてみると本当にあっという間と感じますけれど、一年が始まって年賀状の整理をしなきゃいけないなんて1月の下旬に思っていたのが、もう来年の年賀状の準備をしなきゃいけなくなってくるということになります。一日一日ぼーっとしてますと本当に一年ぼーっと過ぎてしまいます。
 皆さんは毎日しっかりと充実した日を過ごしておられると思いますけれど、明日は必ず来る、来年は必ず来ると思っているとそんなことはない。いつ明日が来なくなるかもしれない。神様からお借りしている身体は、神様がお前に貸してやろう、まだお前は必要だから貸してやろうということで貸してくださるわけで、神様に使ってもらえる、神様に信じてもらえるような心遣いをする、人助けをするということが大事だと分かります。
 それであと半分、あと半分ということは先程の祭文でも読ませていただきましたけれど、来年の1月26日が教祖140年祭となります。実際に言うと約7か月くらいで140年祭の三年千日が終わってしまう。三年千日が始まった時、今の諭達を読み始めてから36回読むわけです。ところが29回も読んでしまったからあと7回しか読めない。こういう風に月日というのは経つのが早いものです。3年の間に一所懸命人のためを考え、人のために身体を動かした人が神様に受けとってもらった3年間分の蓄積は大きいものです。ところが何もしなかった人はじゃあだめかというと、まだ7か月ある。
 よく言われることですが、成功する人はこのコップを見て、まだ八分目ある、というように考えるんだそうです。ところが出世しない人は、ああもう八分目になっちゃった、と言うそうです。つまりコップが半分になってももう半分ある、まだ半分あると言って常に喜びの声に変える人と、あと半分しかなくなっちゃったと悲観する人とでは、同じものを一つ見ても心の向きが違う。まだ半分あるという人は、まだ半分何かができるということです。人を助けることができるということです。
 ということで、中元という真ん中、暑い盛りですけれど、私はこれまでの半分で人様の役に立つこと、人様ににこやかに接していられただろうか。もしいられなかったならばでは残りの半分でやらせてもらおう、ということを考える機会だと思います。そしてまた140年祭でおぢばから三年千日の働き方として出された諭達にありますように、「人救けたら我が身救かる」、また、教祖のひな形をたどろう。これらをもしやってこなかった人は、この7か月だけでも人を救けて我が身救かるという実践をすればいい。いつも申しあげてますけれども、「人救ける」ということは、自分以外の人の誰でもいい、女房でも子どもでも、隣の人でも孫でも、誰でも良いからその人たちに優しい声をかける。そして何かの役に立つようなことをさせてもらう。これがこの諭達の三年千日の間、私たちが通ろうという道の考え方です。

2.順序一つ
 今日は「順序一つ」というお話をさせていただきたいと思います。
 教祖はよく順序一つの理とおっしゃいます。順序一つの理というのは、何事も順序を踏んでいかなければ自分の目的は達成できないよ、という意味なんです。例えば、皆様がこの神様のお話を聞く。これはおそらく信者さんから聞くことになります。あるいは私のような会長という役目を担っている人間から聞く。少なくとも天理教を信じている人から話を聞く。最初はそこから始まる。しかしそれでいきなり信仰ということにはならない。その話を聞いたなら、今度は教会に運ぶ。教会に運んで教会でお話を聞く。そして教会でお話を聞いたら、今度はおぢばに帰らせてもらっておぢばでお話を聞く。これは別席の話です。あるいはおぢばの教祖の所へ行って、教祖におぢばに帰らせていただきましたと言ってご挨拶をする。この順番で初めて神様に近付くことができます。
 そういう順番をまったく抜きにして、初めての人がおぢばに行っておぢばに額づいていきなり拝んで「神様助けてください」とそこら辺の神社へ行くようにいったところで、それは神様は受け取ってくださらない。これが「順序の理」ということ。まずは神様に近付く順序というのはそういうことです。話を聞く、それからおつとめをする、それから人ににをいがけをする、人を助ける、ということをやっていって初めて神様の思召しにどんどん近付いてくる。
 例えばこの鳴り物ですけれど、皆さんこれに順序があるということはあまりご存知ないかと思います。
 鳴り物の順序は、一番中心は拍子木です。その次がちゃんぽんです。その次が太鼓です。その次が、笛です。そしてその次がすりがねです。それから今度は小鼓があります。ということで全部順番があります。ですので、例えばざっと並んだ時に、まずようぼくの方がいたらようぼくの人から順番にそれに入っていく。ようぼくも何も全部同じだったら年齢の順で入っていく。あるいは信仰の長さの順で入っていく。これは別に上下じゃないんです。単なる順番。
 あと同じようにこのおつとめも左側、男が偉いわけじゃありません。左側に男性が入りますけれども、左側にいるこの人が中心になってこの人の次が右側の、大体女性が入ります。それからまたそれぞれ二番目、三番目。ということで、自分がどんなにおてふりが上手だからといって、先輩を押しのけて真ん中に来るということはやはり順序が違う。これが「順序の理」というんです。
 その順序というのは神様への近付き方の順序。あと、鳴り物で覚えていくのも順序。おてふりを覚えておてふりを並ぶのも順序。それは決して上下とか偉い偉くないということではなくて、理の上での順序です。ですから、大教会では私も役員なんですが、私より年下ですけれど私よりも先に役員に任命された方がいらっしゃる。そうするとその方と地方に上がると私は地方の二番目に必ず入る。それが順序というものなんです。
 これは序列でもなんでもない。本部でもそうです。本部でも本部員さんがずっと並んで来られるのは、あれは本部員に任命された順番です。一番前にいる方が偉いわけではなくて、任命された古い方が前。これが実は非常に並びのいい順序。あと秩序にもなってきます。

3.好き嫌い
 ということで、信仰もこういう「順序一つの理」と教祖が言うんです。教祖も細かいことはおっしゃいませんけれども、教祖の言う「順序一つの理」というのは、信仰するにあたってのその順序というのを非常に大事にしなさいとおっしゃいます。ですから、徐々に徐々に、一つずつ信仰を高めていかなければいけないのに、それを飛び越えて、信仰の高みを求めていくというのではなくて、まず信仰を聞いたばかりの所であったならば、聞かせていただいた方の言われることをしっかりと守っていく。この人だと物足りないから、ともっと上に行って聞いてくる、とこれは順序が違うということになるんです。
 そうはいっても皆さんやはり好き嫌いがあります。私も色々好き嫌いが強い。ところが、教祖はその好き嫌いというのも厳しく、しないようにと言われています。教祖のおさしづの中にも、「好きが嫌いに、嫌いが好きに」という言葉がある。好きだ好きだと言っていると、それがいつか嫌いになることもある。しかしあれが嫌いだ嫌いだと思っていたものがある時好きになることもある。鳴り物もそうです。最初はこの鳴り物が好きだと思っていたものが、まあ嫌いになることは無いでしょうが、もっと他の鳴り物が好きになってくるということもある。そういうことで、好きだとか嫌いだとかを優先していると、実は目の前に来たことが喜べなくなるんです。
 以前私がある方から聞いた話ですけれども、糖尿病という病気があります。私も人間ドックへ行くといつも数値が限界だと言われて、それから糖質を控えるようにし、数値が良くなってもういいよと言われるとそこからまたどんどんご飯や酒を飲むと、また翌年の人間ドックで注意されるという、こういうばかなことの繰り返しをしています。そして糖尿病というのは、食べ物の好き嫌いのある人がなるんだということがよく言われています。甘いものの好きな人、お酒の好きな人、食べて飲んで運動なんかしない人、ということがよく言われています。
 そういう話をたまたま本部のある先生にお話しました。そうしたらこう言われました。「羽成さん、食べ物の好き嫌いなんてたかがしれているんだよ。本当に神様が嫌う好き嫌いは人間の好き嫌いだ。」と言われました。私はそれを聞いてから、人間の好き嫌いというのをしないように努力した。しかし嫌いな人間を好きになるなんてことはできない。そこで私は最低限の考えとして、嫌いな人間は好きでもないどうでもいい人間にするということ、何でもない人にするということに一所懸命努力をしました。そうするとやはり人間ドックで注意されたことが治まってくるんです。

4.病み損
 これは皆さんご承知のとおり、身体は神様からの借りもので、この身体に何か不調が出るということは、これは神様からのメッセージ。神様があなたの心を直しなさいと言って手紙をくださる。だから身体のどこかが痛くなった時には、この神様は何を私におっしゃっているんだろうかと考えて心を一つ直す。こういうことが「身体は借りもの」という意味です。
 これも何度も申しあげていますけれど、私が風邪を引いて薬を服んで医者へ行って治った治ったと喜んでいたら、前会長から「お前は病み損だ。」と言われまして。「病み損とはなんだ。」と言ったら「病気にならない人もいる、風邪薬なんか服まない人もいる。それに対してお前は服んでいるじゃないか、お金がかかっているじゃないか。そうしたらその人と比べたら損じゃないか。」と言うので「病み得というのがあるのか。」と聞いたら「病んだことで神様が何をおっしゃっているかと考えて心を一つ直す。」つまり今で言うと人間のグレードを上げる。人格のグレードを一つ上げる。病気をいただいたことで。それをすることによって得したことになる。つまりどんなことでも損なんて世の中にはない。そういう風に思って自分のところに色々辛いことが来た時には、神様は私を心から助けようと思ってこういうおしるしを下さるんだ、というように考える。
 教えの世界では、不満なこと、満足しないことを「不足をする」と言います。不足の心とよく言いますけれど、その不足の心がなくなるんです。ああそうか、こういう風に神様は私に期待しておるんだと思うと、不足の心はなくなる。教えの先輩方は、病気が来ると「神様がまだ私に期待をしてくださっている」と喜んでいらっしゃいます。
 今日もこの教会の大先輩方が上段に上がるのも大変だけれど、上段に上がっておつとめをされた。その思いだけでも神様は受け取ってくださる。そうすると私たちもあの人たちが一所懸命におつとめをしているんだから、身体が痛いのどうのこうの言っていられないなと思う。ということは、その方たちは苦労しておつとめに上段に上がるだけでも実は周りの人を助けているのと同じなんです。ということで、どうか神様の役に立つ人間として神様に喜んでもらえる人間としてこれからも生活をしていきたいと思います。

5.繋いでゆく
 色々と喜べない時もあるでしょう。日帝分教会というのは、初代さんが高宮のぶ先生で、高宮のぶ先生が出直して会長がいなくなってしまってから教会を引き受けたのが二代の亀田儀八先生。そして亀田儀八が出直してまた会長がいなくなって、引き受けたのが三人目の私の母、羽成芳枝先生。そして初めて三代が生きている時に私が教会長を代わることになりました。
 お運びで真柱様のお許しをいただく時に、真柱様の前へ二人で行きました。それまで日帝分教会は初代も二代も三代も一緒に行ったことがないんです。ところが三代と四代が初めて真柱様の前にお目通りをさせていただきました。その時真柱様から前会長がお言葉をいただいたんです。忘れもしません、「35年もの間、言うに言われんご苦労もあったことでしょう。その間本当によく頑張ってくださいました、本当にお礼申しあげます。」と真柱様が言われました。私はそれを聞いた時に本当に親孝行をしたなと思いました。
 それまで、大学に受かったとか司法試験に受かったとかを親孝行と思っていましたけれど、ちゃんと次の代に会長を譲って、それまでの道中を慰労されるお言葉を真柱様からいただきました。そのことがあって、老会長さんがいらっしゃる教会の若い人に、こういうわけで真の親孝行とはあの時だと私は思う、という話をしました。それはある世田谷の教会ですけれど、息子さんは東大を出て一流商社マン。その方にそういう話をしたら、なんとその方、「じゃあ教会長を継ぎます」と商社を辞めてしまって、教会を継いでその後しばらく経ってうちに来られました。お許しをいただく時にやはり同じように真柱様から自分の父親、前会長が慰労の言葉を受けた、本当に親孝行をしたと思いました、とおっしゃっていました。
 そんなことで、繋いでいく。先ほど申しあげた順序の理というのは、初代があって二代です。二代があって三代。三代があって四代。前がなければ私は初代になってしまいます。つまり四代というのは順序でこう来た。それは皆さん方が今でも支えて下さっているからこその四代なんですが、そういう風に順序というのは長年時間が経ってみるとその順序の意味が分かってきます。皆さんにも親もいらっしゃるでしょうし、子どもさんもいらっしゃるだろう。きちんとそこへ信仰を繋いでいく。そしてその子どもたちに対して感謝をしていく。親に対して感謝をしていく。これが順序ということで、これが教祖がいつもおっしゃっている「順序の理」。

「親がありて子や。子は何ぼ賢うても親を立てるは一つの理や。」(明治二十二年十月十四日(陰暦九月二十日)刻限御話)

というのは、そういう所から出てきているんです。無条件で従えというのではなくて、こちら側が立てる。これが「順序一つの理」という言葉ですので、今月はどうかその「順序一つ」というのを自分から、自分に来た順序を、これから自分が伝えていかなくてはいけない順序、これを大事に繋いでお伝えいただきたいと思います。

 昨日今日はなんとか涼しいですけれど、また暑い日が来るようです。暑い日も暑くて結構と喜びながら、またこの一か月お過ごしいただきたいと思います。

 本日はどうもありがとうございました。

2025年12月06日
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